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Old Walker

Author:Old Walker
関西地方を中心にあちこち歩いています。
時には、ぶらりと旅に出たりもします。

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弘法大師生誕の地・善通寺

12月9日(月)晴


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こんぴらツーデーの翌日午前中に、弘法大師空海生誕の地という、四国霊場第75番札所である善通寺を見て回りました。善通寺は、JR琴平の一駅多度津寄りにある善通寺駅から約1Km程行ったところにあります。善通寺駅に荷物を預けて、駅前の通りを西へ歩いて行くと善通寺の東門(赤門)に着きました。
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境内案内図です。総面積約45,000平方メートルに及ぶ広大な境内は、「伽藍」と称される東院、「誕生院」と称される西院の東西二院に分かれています
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門を入ると釈迦堂の前に出ます。ここには、釈迦如来と十大弟子が安置されていて、正面には仏足石が置かれています。
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その隣には五重塔が聳えています。基壇から相輪まで約43mあり、国内の木造塔として3番目の高さを誇ります。創建以来、倒壊、焼失により再建を繰り返し、明治35年(1902)に完成した現在の五重塔は、4代目だそうです。
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五重塔前には、弘法大師幼少の頃からあったのでは、という樹齢千数百年の大楠があります。
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金堂です。
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本尊の薬師如来です。
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広々とした境内です。
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境内を取り囲むように、塀に沿って五百羅漢が並んでいました。
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西院(誕生院)の正門である仁王門です。金剛力士像は南北朝時代のものです。門の反対側には、大草履が納められています。
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仁王門から御影堂に向かって廻廊が続いています。
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弘法大師の御影を安置した御影堂です。御影堂のある誕生院は、弘法大師空海が生まれた佐伯家の邸宅跡に建てられた寺院で、大師信仰の聖地になっています。
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御影堂の右手には不動明王を祀る護摩堂があります。
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西院の一番奥にはパゴダ供養塔が建てられています。ここには、太平洋戦争中にビルマ戦線で亡くなられた18万有余の人々、また、ビルマ国独立のために戦死した人々、イギリス・インド軍の戦士の霊が合祀されています。
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東院へ戻り、善通寺の正門である南大門から外へ出ました。現在の門は、明治41年に再建されたものです。
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駅へ向かう途中にある観光交流センターに立ち寄って、うどんの美味しい店を紹介してもらいました。善通寺市にはうどん店が多数あり、「さぬきうどんマップ」もありました。近くの紹介された大川製麺所(19)に行きました。製麺所の工場で注文して、道路沿いの小さな店舗で食べるようになっていました。安くて、大変美味しかったです。
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食事の後は、駅まで歩いて次の特急で帰途に着きました。



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個人的ウォーク | 11:18:08 | コメント(0)
琴平散策

12月6日(金)


JR琴平駅→高燈籠→金陵の郷→琴平町公会堂→旧金毘羅大芝居(金丸座)→松尾寺→琴平歴史民俗資料館→金刀比羅宮神事場

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こんぴらしあわせツーデーウォークの前日(6日)は、2時過ぎに琴平に着いたので、宿に荷物を預けて琴平市内の見物に出かけました。
JR琴平駅です。この駅舎は、昭和11年(1936)竣工で、経済産業省の「近代化産業遺産」に認定されています。
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駅から温泉街へ向かう道沿い、琴電琴平駅の隣に[金比羅宮北神苑」があり、その中央に高燈籠がそびえています。
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温泉街の旅館に荷物を預けて、金比羅宮表参道へ向かいました。まず、その入口近くにある酒造資料館「金陵の郷」を見学しました。寛政元年(1789)創業の金陵の酒造庫に昔の酒造道具や酒造りの様子などを展示してあり、灘の資料館に匹敵する規模の資料館です。中庭の中央には楠の大木が茂っていました。
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酒造りの様子を、精巧に作られた蝋人形を使って展示してあります。
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金比羅宮へは、翌日のツーデーウォークで行くので、参道の途中から金毘羅大芝居の方へ行きました。
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海の科学館前を通り少し南へ行くと、昭和7年に建造された木造日本建築の公会堂があります。玄関横にある燈籠は、元禄7年(1694)建立だそうです。公会堂は国の登録有形文化財で、現在も各種催しや集会などに使用されています。
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坂道を登っていくと、旧金毘羅大芝居・金丸座があります。これは、天保6年(1835)に建てられた、現存する日本最古の芝居小屋で、国の重要文化財に指定されています。金毘羅大芝居は、歴史民俗資料館の場所に建てられ、江戸時代には大変賑わっていたそうですが、昭和になって寂れてきて、映画館になったりしたようです。昭和47年から4年の歳月をかけて現在の地に移築復元され、昭和60年から毎年春に、人気役者を集めて「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開催されています。
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内部は江戸時代そのままに復元されていて、舞台上には顔見世提灯が並べられています。天井は竹で編んだ網目状になっていて、上から紙吹雪を散らしたりできるようになっています。
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奈落に降りると、全て木造で、セリや廻り舞台も人力で動かすようになっています。
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入口の鴨居には、年毎の演題と役者名が書かれた額が上がっています。錚々たる役者が並んでいます。
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そこから降りて行く途中に象頭山金毘羅大権現を祀る松尾寺があります。金比羅宮は、中世以降に琴平神社と仏教の金毘羅が習合して真言宗の象頭山松尾寺金光院となり、象頭山金毘羅大権現と呼ばれるようになりました。明治元年の神仏分離令で金刀比羅宮と改称して神道の神社になり、主祭神の名は大物主神と定められ、象頭山松尾寺金光院は廃されました。観音堂は三穂津姫社に、金光院の金堂は天御中主神ほか二神を祀る旭社となり、松尾寺は金光院の別荘のあった現在地に普門院松尾寺として移転再興されました。
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そこからさらに下って行くと、金毘羅大芝居のあった所に建てられた琴平歴史民俗資料館があります。小さい資料館ですが、中には歌舞伎衣装や小道具などが展示してありました。
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金倉川の方へ向かうと、屋根付きの鞘橋があります。
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この橋は渡れませんが、その横に普通の橋があり、対岸へ渡るとそこは、金比羅宮神事場でした。かなり広いところですが、小さな祠があるだけでした。
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この後は、宿に戻り温泉にのんびり入って休憩です。



個人的ウォーク | 17:18:00 | コメント(0)
茶源郷・和束へ

12月14日(土)晴


加茂駅→恭仁宮跡→石寺の茶畑→撰原の茶畑→和束茶カフェ→天空カフェ→安積親王陵墓→和束山の家バス停(12Km)=(バス)=加茂駅

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晴れてあまり寒くもない一日、いつもの仲間5人で和束の茶畑を見に行きました。今日の案内人は、地元の私です。9時40分に加茂駅をスタートして、まず恭仁宮跡へ向かいました。恭仁京は、天平12年(740)に聖武天皇により平城京から遷都されて築かれた都で、平城京の大極殿が解体されてここに移築されました。しかし、4年後には難波宮へ遷都され、その翌年天平17年には再び平城に都が戻されました。その後、大極殿は山城国分寺として使われ、国分寺の七重塔の礎石が残っています。
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道路を挟んでその向かいに大極殿跡の礎石が並んでいます。
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大極殿跡に隣接して、木津川市立恭仁小学校があります。この小学校は、明治6年創立で、昭和の初めに建てられた木造校舎を現在もそのまま使用している珍しい学校です。この校舎は大極殿跡に建てられていて、国の史跡のため建て直しが出来ず、地元も新築移転ではなく耐震補強での保存を望んでいるため、数年前に大規模な耐震工事を行い、昔懐かしいその姿を残しています。
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和束へ向かう道沿いに「大井手用水」が流れています。これは、鎌倉時代に作られた稲作用の用水路で、和束から水を引いてこの辺り一帯での稲作を可能にしたもので、現在も使われています。
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その少し先に、内藤湖南(1866-1934)の旧居があります。湖南は京都帝大教授で戦前の代表的な東洋史学者です。
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少し坂道を登っていくと、加茂町の茶畑が道の両側に続きます。
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和束町に入ると、山の斜面一面に広がる広大な茶畑が見られます。今は、最後の刈り取りも終わってきれいに整形されて、茶畑が一番美しい時期です。日本遺産に登録されている石寺の茶畑です。
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その少し先にある、同じく日本遺産の撰原の茶畑です。
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しばらく道の両側に広がる茶畑を眺めながら歩いていくと、和束茶カフェに着きました。ここでは、様々な種類のお茶を販売していいて、試飲もできます。ここで、鍵を受け取り「天空カフェへ」登っていきます。[天空カフェ」は小高い丘の上に建てられた東屋で、1時間単位で貸し切りで使用することが出来ます。中は割に広く、10人位は入れそうです。使用料は、一人500円で、1500円で打ち切りなので、5人でも10人でも1500円です。
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四方を眺めることが出来て、ゆっくりくつろげる空間です。眼下に広がる和束町の街並です。ここで、景色を眺めながら昼食を摂りました。
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昼食後に、小高い丘の上にある安積(あさか)親王陵墓を訪れました。安積親王は、聖武天皇の第2皇子で、第1皇子が亡くなったため皇太子の有力候補でしたが、恭仁宮で17歳で死去されました。その死が急であったことから、次期天皇を狙う藤原一族に毒殺されたという説があります。親王は生前、和束を愛し度々訪れていたことから、この地に埋葬されたそうです。陵墓は丘の上に造られていて、廻りは個人の所有地で茶畑になっています。
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和束川の橋の欄干には茶摘みのレリーフがはめ込まれていました。
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このあと、和束山の家のバス停からバスで加茂に帰りました。何時もは往復歩くのですが、今日は帰りを急ぐ人もあってバスに乗りました。今日は天気も良く、朝のうちは寒かったですが、日差しがあるので暖かくなり、歩くには丁度よい気候で、5人でお喋りしながら楽しく歩きました。
和束は今まで何度も訪れているので、写真を余り撮っていません。2016年12月と今年の1月に一人で行った時のブログにもう少し詳しく書いていますので、興味のある方は見て下さい。
http://oldwalker.blog.fc2.com/blog-entry-84.html (天空カフェも詳しく書いています)
http://oldwalker.blog.fc2.com/blog-entry-189.html




個人的ウォーク | 21:57:34 | コメント(0)
満濃池 空海 こんぴらしあわせツーデーウォーク 2日目 20Kmコース

12月8日(日)晴


まんのう公園ドラ夢ドーム→風花の庭→満濃池畔→神野神社→塩入温泉→もっこく池→土器川沈下橋→まんのう公園北口→ドラ夢ドーム(22Km)

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朝から晴れて気持ちのよい一日になりました。2日目は、30,20,15Km(実踏29,23,15Km)の3コースが用意されていて、いずれも満濃池を大きく廻っていきます。満濃池畔を歩くのは1日目と同じ所だけで、あとは農道、県道を小刻みなアップダウンを繰り返しながら歩いて行きます。
1日目と同じく30,20Kmコース合同の出発式のあと、20Kmは8時50分にスタートしました。
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前日と同じ道ですが、晴れていると山々の黄葉が青空に映えて綺麗です。
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風花の庭を通り抜けていきます。
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落ち葉の道を歩いて丘を越えて行きます。
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満濃池の畔を行きます。
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池畔の休憩所の前に、満濃池の守護神という神野神社があります。前日は素通りしたのですが、時間もあるので立ち寄ってみました。鳥居、拝殿、本殿です。
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1470年の建造という鳥居のところからは、池がすぐ下に広がっています。
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財田川に添って塩入温泉まで往復します。温泉にチェックポイントがありました。2日目もチェックポイントはこの1箇所だけです。
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もっこく池という静かな溜池がありました。
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炭所西で30Kmコースは別れて天川神社に向かい、土器川の沈下橋のところで合流します。沈下橋を渡ります。
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土器川のさらに下流にもう一つの沈下橋がありました。この川は丸亀で海に注いでいます。
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前日と同じ公園北口からドラ夢ドームに戻りました。13時57分ゴールです。ゴールで豚汁のようなものを頂きました。
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所要時間5時間7分、歩行時間5時間丁度、歩行距離22.2Kmで、この日ものんびりペースで歩きました。青空のもと、山々の黄葉を眺めながら気持ちよく歩きましたが、見どころのあまりないコースでした。もう少し満濃池の畔を歩くようなコースを取れないものかと思います。寒い時期とは言え、給水所が1日目は無く、2日目も1ヶ所だけというのもどうかと思いました。
この日も琴平温泉にもう一泊して、翌日に善通寺に行ってきました。また、大会前日の金曜午後には、琴平市内を歩いて回りましたので、これらをまとめて後ほどブログに書く予定です。



ウォーキング大会 | 15:20:00 | コメント(0)
満濃池 空海 こんぴらしあわせツーデーウォーク 1日目 25Kmコース

12月7日(土)曇


まんのう公園ドラ夢ドーム→満濃池畔→満濃森林公園入口→馬背峠→鞘橋→海の科学館→金比羅宮表参道→大門→金比羅宮旭社→本宮→旭社→金陵の郷→土器川→まんのう公園北口ゲート→ドラ夢ドーム(25Km)

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金比羅宮は学生の時に行って以来で、また一度行ってみたいと思ってこの大会に参加しました。満濃池は、日本最大の灌漑用のため池で、国の名勝に指定されています。大宝年間(701年-704年頃)に築かれ、その後何度も決壊・修復を繰り返し、821年には空海が築池別当として派遣されて修復に当たったことでも知られています。池の東側一帯は、国営讃岐まんのう公園として整備され、様々な施設が設けられています。
会場のまんのう公園は、琴平駅からバスで20分程のところにあり、朝7時55分に駅前をシャトルバスが出ます。この日は、遅れている電車を待って20分程遅れて出発し、会場に着いた時には35Kmと25Kmコース合同の出発式が既に始まっていました。
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35Kmコースの参加者は25Kmの半分以下でしたが、8時40分に35Kmがスタートした後に残った人はだいぶ少ないようでした。25Kmコースの多くの人が35Kmと一緒にスタートしたようです。10分後にスタートし、曇り空で気温が低く寒い中を、池に向かって森の中のアップダウンのある道を歩いて行きます。木々が黄葉してきれいです。
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「風花の庭」を通っていきます。この丘全体に多数のLEDランプが取り付けられていて夜にはイルミネーションがきれいだそうです。
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池が見えてきました。
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しばらく池を眺めながら、落ち葉の敷き詰められた道を歩いて行きます。
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池畔の休憩所横に「世界かんがい施設遺産」と書かれた石碑が建てられていました。これは、国際かんがい排水委員会が指定するものだそうです。
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ここで、善通寺へ向かう35Kmコースと別れ、農道や県道を通って金刀比羅宮へと向かっていきます。途中に特に見るべきものもなく、ただひたすら歩くだけでした。琴平市に入って金倉川に沿って歩いて行くと、屋根付きの鞘橋がありました。この橋の向こう側は金比羅宮の御旅所で神事場です。
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海の科学館前を通っていきます。この先で、善通寺から戻ってきた35Kmコースと合流します。
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金比羅宮の表参道に入ります。道の両側には土産物店などがぎっしり並んでいます。ここから本宮まで785段の階段が続きます。
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一之坂鳥居の傍らに備前焼の狛犬が並んでいます。
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ここから大門までかなり急な階段が続きます。
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安政5年に建てられた灯明堂です。
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大門に着きました。ここまで365段です。
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鳥居があり、少しの間道が平坦になり、また階段が続きます。
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かつての宮殿で萬治年間(1658~1660)の建築と伝えられる重要文化財の書院です。
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道沿いにある祓戸社です。
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旭社に着きました。ここまで628段です。
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その向かいの廻廊に唯一のチェックポイントがあり、ここのベンチに座って昼食を摂りました。
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コースはここで引き返すことになっていますが、その右手の鳥居を越えて本殿まで157段を登っていきました。
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本殿です。ここまで785段です。
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本殿横の展望台からは、琴平市から讃岐富士(飯野山)まで霞んではいますが見えました。
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本殿の向かって左手には、三穂津姫社があります。
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急な階段を降りて行きます。
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参道口に、1789年創業という[金陵」の酒蔵庫を改造した展示館[金陵の郷」がありますが、ここは前日にゆっくり見学したので今日はパスしました。あとは、土器川に添ってまんのう公園に向かってひたすら歩くだけでした。
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15時7分にドラ夢ドームに着き、15時10分発のシャトルバスで宿に帰りました。バスは、1時間に1本しかありません。
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所要時間6時間16分、歩行時間5時間50分、歩行距離24.7Kmでした。金比羅宮をゆっくり見物したりしたので、だいぶ時間がかかっています。参加者数などは掲示してなかったようですが、事前申込者は1日目297人、2日目329人とツーデーにしては少ないようです。参加者の6割以上は四国の人でした。




ウォーキング大会 | 11:47:15 | コメント(0)
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