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Old Walker

Author:Old Walker
関西地方を中心にあちこち歩いています。
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神秘の森 荘厳の山 大台ケ原を歩く 西大台編

7月22日(月)曇時々小雨


大台ケ原ビジターセンター→大台教会→西大台入口→七ツ池→開拓跡→開拓分岐→赤い吊橋→中の谷木橋→ビジターセンター(8Km)

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上北山村主催のイベントで、東大台、西大台、自然再生の3種のツアーがあり、毎年開催されていて、今年も7,8,9月の3回あります。西大台は、自然環境保護のため、環境省の利用調整地区になっていて、入山には許可が必要で、人数も制限されています。一度行ってみたいと思っていたのですが、いつも申込受付後すぐに満席になってしまう人気のコースで、参加できずにいました。今年は運良く、友人と一緒に参加できることになりました。
予報では一日小雨でしたが、雨は少し降っただけで、用意していた雨具をほとんど使わずに済みました。西大台は、展望が開けているところはなく、美しいブナやミズナラの林の中を歩くコースで、苔が美しく少し濡れている方が良いようです。日本には1700種の苔があるそうですが、西大台には680種の苔が生えているそうです。

近鉄大和上市駅を9時出発の臨時バスで大台ケ原に向かいました。10時40分に大台ケ原駐車場に着くと、一面濃い霧に包まれていました。
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ビジターセンターで、西大台での注意事項などの事前レクチャー(と言ってもビデオを見るだけでした)を受けて、一年間有効の「立入認定証」と弁当を受取って11時22分に出発しました。1グループ10名以下(ガイドを除く)の制限があり、今日は10人ずつの2組で、各組にガイド1名とサポート役の若い男女のスタッフ2名が付いて歩いていきます。若い人が付いていてくれると安心です。環境省のサイトにあった西大台の案内図です。
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案内板の所で、ガイドさんが今日のコースを説明してくれました。
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少し行くと「大台教会」がありました。この教会は、大台ケ原開発の先駆者の一人、古川嵩(かさむ)が明治32年に開設したもので、御神体を持たず自然賛美を教義とする神道系の道場のようなもので、登山者の宿泊所でもあった所です。
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ブナ林の小路を歩いていきます。
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西大台入り口のゲートに着きました。ここで、係の方が一人ずつ許可証と事前登録の名簿を照合しています。コース内を巡視員が巡回していて、出会うと許可証のチェックがありました。
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できるだけ人の手を加えないということで、道も余り整備されておらず、歩きにくいところも多くありました。道の分かりにくいところには、誘導ロープが張られていました。道から絶対にはみ出さないようにという注意を受けています。
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コースは、谷へ降りて行って、違う道を登ってくるようになっていて、その分岐点です。左の道の方が石だらけで急な道で、雨で濡れている時は滑ると危ないので登りに使うようです。今日は右へ行きます。
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大きな石がゴロゴロあり、木の根も出ていて歩きにくい道です。ガイドさんを先頭にゆっくり下りて行きます。
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沢がありました。これを渡ります。雨の後で水かさが多いようです。後尾の二人はサポートのスタッフです。
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霧に霞む林の中を歩いて行きます。
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大きな岩や倒木の間を抜けていきます。
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倒木や岩には苔がびっしり生えています。
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苔の森です。霧に霞んで幻想的な風景です。
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今日のコースで一番川幅の広いところを渡ります。まず、ガイドさんが安全な岩を踏みながら渡り、それに続いて慎重に渡っていきます。渡渉が4ヶ所ありました。
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中間地点の開拓跡に着きました。この辺り一帯はほぼ平坦地で、明治時代に何度か開拓が試みられましたが、厳しい自然条件のため作物が育たず頓挫した跡地です。そのいわれを書いた案内板もだいぶ朽ちていました。
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簡易トイレが設けられていました。トイレはここだけです。
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最後の渡渉です。
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吊橋がありました。定員3名で、順に渡っていきますが、かなり揺れました。
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橋から見た沢です。
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ロープを固定するコンクリートのアンカーも苔で覆われていました。
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そのすぐ先にも同じような定員3名の吊橋があります。
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石がゴロゴロ転がっている急な登りが続きます。最後の登りは歩きにくく、足元を注意しながらゆっくり登りましたが、かなりきつかったです。
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苔に覆われた岩が独特の風景を作っています。
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急な石だらけの道をひたすら登って行き、濃い霧に包まれた駐車場に16時40分に戻ってきました。
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所要時間5時間17分、歩行時間2時間27分、歩行距離8.1Kmでした。所々で、ガイドさんが色々説明してくれて、時間はかかりましたが大変良かったです。西大台は、晴れているときよりも今日のような曇り空のほうが苔の森がきれいで良いのではないかと思いました。初めての西大台、霧に霞む幻想的な風景を堪能でき、とても良かったです。スタッフの皆さん、ありがとうございました。




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トレッキング | 16:21:00 | コメント(4)
イギリス旅日記 (10 : 最終回) 湖水地方 ③ Six Lakes in the Morning Tour

5月21日(火)


7日にロンドンに着いて以来、2週間に及ぶイギリスの旅もいよいよ終わりに近づいてきました。この日は、午後にロンドンへ向かうので、13時半までに終わるツアーに参加して、ウィンダミアの北へ向かい、6つの湖とストーンサークルを見て回りました。

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ウィンダミア→ライダル湖→グラスミア→サールミア湖→キャッスルリッグ・ストーンサークル→アルスウォータ湖→カークストン峠→ウィンダミア

前日と同じMountain Goat 社のミニバスツアーで、9時30分にウィンダミア駅前を出発し、湖に沿って北へ向かい、アンブルサイドの村を通ります。ウィンダミア湖の最北端の景色です。この日も晴天で、湖がきれいです。
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そのすぐ北には、ライダル湖(Rydal Water)とグラスミア湖(Grasmere)が並んでいます。ここへは立ち寄らずに湖岸を走り抜けていきました。写真は、走っているバスからライダル湖を撮ったものです。
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イギリスでは湖を表す言葉が、lake, water, tarn, -mere など幾つかあり、Grasmereはそれ自体で湖を表す言葉ですが、日本語では”湖”を付けています。これらの違いはよく分かりませんが、湖水地方にはこれらのすべてがありました。また、-mereは、湖を指すと同時に、近くの村の名前でもあります。
グラスミア湖のすぐ北にあるグラスミア村(Grasmere)に立ち寄りました。ここは、ウィリアム・ワーズワース(Wiliam Wordsworth)が家族と共に過ごした村で、ここの教会に墓地があります。ワーズワースホテルというのがありました。ワーズワースとどういう関係があるのか分かりませんが、看板の文字は、ワーズワース自身のサインのコピーです。この近くにバスを停めて村を散策しました。
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ワーズワース記念水仙庭園がありました。この庭園は、ワーズワースの自然への愛に溢れた美しい詩「水仙(Daffodil)」にちなんで2003年にオープンしたもので、水仙の季節には一面に花が咲くようです。
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庭園の横を流れるロザリー川(River Rothay)です。村の中心部を流れて行き、グラスミア湖に注いでいます。
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そのすぐ近くにある、聖オズワルド教会(St Oswald's Church)です。この教会は、この地方の王であったOswald of Northumbriaが642年に建てたのが始まりで、現在の建物の一番古い部分は、1300年に建てられたもので、1500年頃に増築されたそうです。内部は1840年に修復されています。
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教会の庭には、Wiliam Wordsworthと妻のMary, 妹のDorothyの墓が、また、その隣には一族の墓があります。
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丁度ここで、阪急トラピックスのツアー団体とすれ違いました。添乗員を先頭に、団体でぞろぞろ歩くのは、日本、中国、韓国くらいで、ヨーロッパで出会うとちょと異様な感じがします。
グラスミアを出発して、しばらく北に向かうと、サールミア湖(Thirlmere)の辺りを通ります。ここは通過するだけなので、バスの窓から撮った写真です。この日は、運転席の隣に座ったので写真を取りやすかったです。
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次に向かったのは、キャッスルリッグ・ストーンサークル(Castlerigg Stone Circle)です。世界遺産に指定されている、ストーンヘンジ(Stonehenge)が有名ですが、それ以外にもイギリスには約300のストーンサークルがあるそうです。このストーンサークルは、新石器時代の紀元前3000~2500年に造られたもので、ストーンヘンジより古いそうです。直径30mで元は42個の石からなっていたもので、案内図にあるような形をしているようですが、上から見ないと形は分かりません。このストーンサークルは、小高い丘の上にあり、四方が眺められる非常に景色の良い所にあります。何に使われたものかは分かっていないそうですが、墓ではないようです。ストーンヘンジとは違って、自由に石に座ったり登ったりできます。牧場の中にあるようで、周りには羊が草を食んでいました。
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下を見下ろすと、美しい谷が続いています。
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そこから西へ向かい、南へ少し行くと、イギリスで最も美しい湖ともいわれる、アルスウォーター(Ullswater)の南端に着きました。この湖は、ウィンダミアに次いで湖水地方で2番目に大きい湖です。湖水地方の湖の多くがそうであるように、氷河によって造られた湖で細長い形をしています。この湖には、1877年から運行している蒸気船があります。
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湖を離れて南へ走って行くと、カークストン峠(Kirkstone Pass)に差し掛かります。この峠は標高454mのところにあり、湖水地方で最も高い峠で最大斜度25%の急な坂道です。峠の上で休憩です。バスの前に立っているのは、大きな犬を連れた乗客で、犬が乗ってきた時はびっくりしましたが、犬は最後まで飼い主の足元で一声も発せずにじっとしていました。
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細い曲がりくねった道を下ってきます。下りて行った先に見える湖は、ウィンダミア湖の北端ではないかと思います。
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下へ降りてくると、丘の斜面は石の塀で囲われた牧場が続いていました。
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ウィンダミア湖に戻ってきました。
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駅前に予定通り13時30分頃に着き、近くで簡単に昼食を済ませたあと、買い物をしたりしてロンドンへ戻る列車を待っていました。列車は途中でトラブルがあり、1時間以上遅れてロンドン・ユーストン駅に着きました。一晩ホテルに泊まった後、翌22日の便で帰国の途につきました。旅の途中で特にトラブルもなく、気になっていた要件も終えて、無事に楽しく気ままな一人旅を楽しみました。



旅行 | 21:48:11 | コメント(0)
イギリス旅日記 (9) 湖水地方 ② High Adventure Tour

5月20日(月)


湖水地方は、その名の通り広い範囲に渡って小さな湖が点在しています。これらを効率良く回るために、ここでもマイクロバスツアーを利用しました。コッツウォルズの時よりも、一回り大きな14,5人乗りのバスで、7つのコースが用意されています。この日は、ウィンダミアから西の山岳地帯を回る "High Adventure" と題するツアーに参加しました。

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ウィンダミア→エルター・ウォーター→ブリー湖→ライノーズ峠→ハードノット峠→ブート→グリーン→ワスト湖→マンカスター城→コニストン湖→ウィンダミア

9時45分にウィンダミア駅前を出発しました。乗客は、中国から来た女の子10名ほどのグループ、中国の中年男性2名、アメリカ東部から来た私と同じくらいの歳の男性と私でした。中国の女性グループが乗り込んできたのを見て悪い予感がしたのですが、案の定、ガイドの説明などお構いなしに大声でお喋りし続けていて、大変迷惑でした。
ウィンダミアの町を抜けると、例によって牧場が続きます。湖水地方一体はカンブリア州(the county of Cumbria)で、カンブリアでは約300万匹の羊が飼育されていますが、州全体の人口が約50万人なので人の6倍の数の羊がいます。大半が湖水地方原産のハードウィック種(Herdwick sheep)で、イングランド南部で見かける羊とはだいぶ違います。
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最初に、エルターウォーター(Elterwater)という小さな村に立ち寄りました。この村の近くにエルター湖(Elter Water)があり、その湖の入口の村ということですが、湖には行きませんでした。右端に停まっているのが乗ってきたバスです。
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突然、羊の群れが全力で村を駆け抜けていきました。追いかけている人もいないので、どこかから脱走してきたのではないかと思います。
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Britannia Inn という、ちょっと洒落た感じのホテルがありました。
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この辺り一帯は、美しいラングデール渓谷(Langdale Valley)です。
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狭い道を少し登っていくと、Blea Tarn("Tarn" は、山中の小さな湖)を望む丘に着きました。
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一帯は小高い、木の生えていない山に囲まれていて、牧場になっています。
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フットパスのゲートがあったので少し中に入ってみました。フットパスを歩いている人がいました。天気も良いし、気持ちよさそうです。どこへ行くのか分かりませんが、道がずっと続いています。
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急な山道を登っていきます。遠くにBlea Turnが見えます。
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景色の良いライノーズ峠(Wrynose Pass)で休憩です。この峠は最大傾斜が25%という急坂で、次に通過するハードノット峠(最大傾斜30%)と共に、イギリスで最も急な車の通る峠だそうです。山の多い日本でも、30%などという急坂の自動車道は多分無いのではないかと思います。
乗ってきたバスです。歩いているのは、アメリカ人の男性です。一人で参加しているのは、この方と私だけなので、必然的に一緒に行動することになりました。
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川が流れています。
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ハードノット峠です。この近くにローマ時代の砦があるそうですが、この峠は通過するだけでした。ここから、この下まで続く急坂の狭い道を一気に下っていきます。
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峠の上にこの様な標識があるそうですが、気が付きませんでした。この写真は、ネットで拾ってきたものです。急坂では写真を撮っている余裕はありませんでした。
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下へ降りてくると、ブート(Boot)という小さな村に着きました。
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この村唯一のレストランで昼食を摂りました。
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水車と粉挽き小屋(Eskdale Mill)がありました。1578年からここに水車小屋があったそうで、今の建物は18世紀のものだそうです。中を見学できるのですが、時間の制約があり外を眺めるだけでした。
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この村から海に近いレイブングラス(Ravenglass)まで、レイブングラス鉄道(Ravenglass & Eskdale Steam Railway)が走っています。この鉄道は、この村近くで採れる鉄鉱石を運ぶために建設され、1875年に営業を開始し、その後、人も乗れるようになったのですが、鉄鉱石の採掘量が減少し、1913年に営業を停止したそうです。現在は、観光用に狭軌のトロッコ列車として運行されています。私達も、途中の駅までこの鉄道に乗りました。機関車は、蒸気とディーゼルがありますが、乗ったのはディーゼル機関車でした。
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機関車が前後に1台づつ付いて、ゴトゴトとゆっくり走っていきます。
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5分足らずでグリーン(Green)村に着き、ここで降りました。
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蒸気機関車に引かれた対向車両がやってきました。
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この駅前から再びバスに乗り、北にあるワスト湖(Wast Water)に向かいました。山に囲まれた、全長4.8Km、幅540mの静かな美しい湖です。氷河によって作られた湖で、水深79mでイングランドで最も深い湖です。高地のように見えますが、ここは海に近く標高は60m程です。
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次にマンカスター城(Muncaster Castle)に向かいました。この城は、1208年にローマ人によって建てられたのが始まりで、以降、この地で続くペニントン家(Pennington)が所有しています。現在は、観光地になっていて、鷹とフクロウセンター(Hawk & Owl Centre)、宿泊施設、レストラン、土産物屋などが併設されていて、城の維持費などを賄っているそうです。
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小高い丘の上にあり、見晴らしの良い所です。
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城の内部は、かなり豪華です。一族の肖像画や写真が並べられた部屋がありました。
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寝室と図書室です。
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19世紀の薬箱が展示してありました。
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庭には、世界中から集めた植物が植えられています。
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小さな教会(Muncaster Parish Church)がありました。1140年からここに教会があったという記録があるそうで、現在の建物の元は16世紀に建てられたものです。
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ここから西へ向かい、最後の訪問地、コニストン湖(Coniston Water)に着きました。8Km x 800m の細長い湖で、湖水地方で5番目の大きさです。観光船も出ていて、美しい湖です。
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岸辺には多数の水鳥が休んでいました。
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この後、ウィンダミアへ向かい、5時過ぎに駅前に着きました。湖水地方の山、と言っても数百メートルの低山ですが、と美しい湖を訪ねて回るツアーで、ガイドの説明もわかり易く、一日楽しめました。ただ、中国の女の子たちのおしゃべりには閉口しました。



旅行 | 20:40:00 | コメント(0)
伊賀街道を東大寺へ~梅谷から奈良阪を越えて

7月6日(土)曇


加茂駅→里の道標→二本松→加茂青少年山の家→上梅谷→緑ヶ丘浄水場→奈良豆比古神社→般若寺→夕日地蔵→北山十八間戸→転害門→奈良公園事務所→二月堂→JR奈良駅(14Km)

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「ふるさと案内・かも」の例会に友人と参加しました。伊賀街道は藤堂藩の本拠地である伊勢の津から上野を通り奈良に向かう主要な藩道で、大和北部から伊勢神宮への参道として江戸時代には多くの人が行き交っていたようです。今日のコースの距離が、JRふれあいハイキングでは10Kmとなっていたのが、配布された地図では14Kmになっていて、私のGPSの記録では16Kmでした。ふるさと案内のウォークでは、要所々々で詳しく説明をしてくれます。以前は時々参加していたのですが、距離が短く午前中で終わるのが大半で、歩くペースも遅いので、加茂町周辺を一通り案内してもらったあとは参加していません。今回は、かなり久しぶりです。
参加者は50人程で、普通のペースと少し遅い組の2組に分けて9時30分に加茂駅前をスタートました。
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少し南へ行った所に「左 ならみち」と書かれた古い自然石の道標があります。
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そのまた少し先の道路脇に、二本松地蔵尊があります。江戸時代のもので、昔はここに大きな松の木が二本あったそうです。ここも何度も通ったことがあるのですが、今まで気づきませんでした。
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林の中の道を行きます。
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少し寄り道ですが、青少年山の家でトイレ休憩です。
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浄瑠璃寺への道の途中から山道に入ります。この道は初めて通ります。
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上梅谷の集落に江戸時代のものという愛宕灯篭がありました。
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かなり急で長い坂道を登って峠を越えると奈良市に入ります。奈良市緑が丘浄水場の敷地内に安永2年(1773年)に建立された道標があります。西面に「太神宮 左 いが いせ 道」、北面に「いせ迄 凡二十七里」(約100Km)とあり、南面には「安永二癸巳年三月吉日」とあるそうですが、道路からは見えません。
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しばらく歩くと、豆比古神社に着きます。その鳥居横に、弘化4年(1847年)建立の道標がありました。東 「右 京うぢ 左 かすが大ぶつ 道」、南 「右 い可゛いせ すぐ京うぢ 道」、北 「すぐかすが大ぶつ 左 いがいせ 道」、「弘化四丁未年 世話人七月吉日」(裏側なので読めません)と書いてあるようです。
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その横には、高札場があります。江戸時代の高札を再現したものです。
1907-12-伊賀街道-IMG_22041907-13-伊賀街道-IMG_2203説明

奈良豆比古神社です。光仁天皇の父の施基親王(春日宮天皇)が病気療養のために隠居していた奈良山春日離宮の地に、771年に施基親王を祀ったのが始まりという古社です。毎年10月8日の宵に舞殿で行われる翁舞は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。翁舞は能楽の源流とも言われています。
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舞殿と本殿です。
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神社の裏にある楠の巨木は樹齢千年以上で、県の天然記念物に指定されています。
1907-17-伊賀街道-IMG_22091907-18-伊賀街道-IMG_2215説明

国宝の般若寺楼門前を通ります。
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そのすぐ横にある奈良坂地蔵石仏は、夕日地蔵ともいわれ、1509年建立で、像高が188cmというたいへん大きなものです。
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その隣りにある、北山十八間戸は、鎌倉時代に忍性菩薩によって建てられたハンセン病患者のための病舎で、元は般若寺の北の山にあったと言われています。1567年に焼失し、現在の建物は江戸時代にこの地に再建されてものです。
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佐保川を渡ります。
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明治12年創業という向出醤油醸造元です。昔ながらの製法にこだわり、独自の醤油を作り続けて現在5代目だそうです。
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国宝の転害門です。
1907-26-伊賀街道-IMG_22261907-27-伊賀街道-IMG_2227説明

転害門から東大寺境内に入り、奈良県公園事務所前で昼食休憩です。そのすぐ前にある大仏池です。大仏殿が池の向こうに見える、写真撮影ポイントです。
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二月堂の前にある鎌倉時代初期に建てられた閼伽井屋(あかいや)です。国の重要文化財です。
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お水取り(修二会)で知られる、国宝の二月堂です。お水取りは8世紀から続いている宗教行事です。二月堂に登って一周してきました。
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二月堂の上から見おろした東大寺境内です。
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二月堂の斜め向かいにある重要文化財の四月堂(三昧堂)です。
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東大寺で現存する最も古い建築である、国宝の三月堂(法華堂)です。その前にある石灯籠は、中国から渡来した石工・伊行末によって1254年に造られたものです。当尾の「わらい仏」や「みろくの辻磨崖仏」は、伊行末の孫によって造られたものだそうです。
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ここで解散になり、友人と近鉄奈良駅まで行き、私はさらに歩いてJR奈良駅から帰宅しました。所要時間5時間29分、歩行時間3時間39分、歩行距離15.8Kmでした。
前半は初めて歩く道で、今まで気づかなかった道標などの説明もあり、歩くペースも以前ほど遅くはなく、参加してみて良かったです。ふるさと案内の方は、地理や歴史をよく勉強しておられて、少々説明が長すぎるのもありましたが、ウォーキング協会の例会などとはまた違って色々勉強になりました。スタッフの皆さん、ありがとうございました。




その他団体のウォーキング | 09:44:19 | コメント(0)
イギリス旅日記 (8) 湖水地方 ① ウィンダミア

5月19日(日)


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オックスフォードから湖水地方(Lake District)の玄関口・ウィンダミア(Windermere)に向かいました。湖水地方は、イングランドの北、スコットランドに近いところにあります。直接行く列車はなく、途中2回乗り換えになります。
オックスフォード駅です。9時39分発のManchester Piccadilly行の列車に乗り、Birmingham New Street でOxenholm Lake District 行に乗り換えます。イギリスの鉄道は、1994年に民営化されてから25以上の列車運行会社が入り乱れて走っていて複雑になっていますが、切符は通して買えるので、実際には鉄道会社は気にする必要はありません。向かいのホームには、Great Western Railway の列車が停まっていました。私が乗るのは、CrossCountry の列車で、次に乗るのは、Virgin Trains、最後がNorthern とそれぞれ異なった会社の列車でした。
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Oxenholm Lake District で Windermere 行の Northern の列車に乗り換えます。この列車は2両編成で、20分程でWindermereに着きました。小さな終着駅です。オックスフォードから4時間15分かかっています。
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湖水地方は多数の湖が点在する地域で、1000m近い山々が連なり、自然の美しい所です。イギリスを代表するロマン派詩人ワーズワース(William Wordsworth)がその自然を愛し続けて生涯を過ごし、また、ピーターラビットの作者ビアトリクス・ポター(Helen Beatrix Potter)もこの地を愛し、ナショナル・トラストに設立時から関わり、湖水地方に所有する広大な土地などを寄付しています。

まず、ホテルに荷物を置いて、非常に景色が良いという、ウィンダミアの背後にある標高239mの丘、オレスト・ヘッド(Orrest Head)に登りました。駅前の高級ホテルの横に登り口があり、フットパスが続いています。
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案内板がありました。ほぼこの地図通りに歩きました。
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GPSの軌跡です。
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道には、このような標識があり、道を外さなければ迷うようなことはありません。
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石積みの塀に囲まれた緩やかな坂を登っていきます。
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羊は見えませんが、牧場が続いていました。
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階段式のゲートがありました。フットパスの分岐ですが、地図を持っていないのでどこへ行くのか分かりません。
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急な階段が続きます。
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鉄製のキッシングゲートがありました、両脇に何か書かれていますが、半分消えかかっていて読み取れませんでした。
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登り始めてから30分程で頂上に着きました。頂上はほぼ平らになっていて、四方が見渡せる絶景ポイントです。細長く伸びるウィンダミア湖がきれいに見えました。
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反対側は、どこまでも続く丘陵地帯で、森の中に民家が点在しています。遠くに小高い山々が連なっています。山の殆ど無いイングランドでは珍しい景色です。スコットランドに行くと、もう少し高い山が連なる山岳地帯があります。
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山頂に、イギリスの著名な丘陵ウォーカーでガイドブックの著者であるA.ウィンライト(Alfred Wainwright, 1907-91)の石碑がありました。「1930年に初めてここを訪れて過ごした数時間が彼のその後の人生を大きく変えた」ということが書かれています。
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ベンチに座って、この素晴らしい景色を眺めながら様々な思いを巡らしつつ、しばらく時間を過ごしたあと、登りとは別の道を通って下山しました。紫色の花をつけた野草が一面に咲いていました。
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途中の道に、木彫りの大きなグラファロ(Gruffalo)が立っていました。グラファロは、ヨーロッパではよく知られた絵本に出てくるネズミを食べる怪物だそうです。
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出発地点に戻ったあと、今度は反対方向の湖岸に向かいました。湖岸への道沿いには、良く手入れされた美しい庭のある邸宅が並んでいました。
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湖岸までかなりの距離があり、1時間程かかりました。
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風もなく静かな湖面をしばらく眺めていてから、ホテルへと戻って行きました。




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