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Old Walker

Author:Old Walker
関西地方を中心にあちこち歩いています。
時には、ぶらりと旅に出たりもします。

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万葉の古道 魅力ある史跡をめぐる 山の辺の道

1月27日(日)曇


近鉄奈良駅→興福寺→新薬師寺→宅春日神社→白毫寺→八阪神社→白山比咩神社→崇道天皇陵→円照寺→山村町バス停(ゴール;10Km)(→帯解寺→ならまち→JR奈良駅;16Km)

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朝、起きると庭に薄っすらと雪が積もっていて、寒い日でしたが、近鉄フリーハイキングに参加して、北・山の辺の道を歩いてきました。天理から桜井への南・山の辺の道はよく歩くのですが、北はあまり歩く機会がなく、久しぶりです。以前は無かった真新しい道標が、ほぼすべての分岐点に設置されていて、迷うこと無く歩きやすくなっていました。
スタート地点の近鉄奈良駅に、受付開始15分後の9時45分頃着いたので、並ばずに地図を受け取り9時50分にスタートしました。駅前広場の行基像です。
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まず、興福寺に向かいます。再建されたばかりの真新しい中金堂です。
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鷺池に浮かぶ浮見堂です。
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志賀直哉旧居の前を通過します。
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新薬師寺前に、山の辺の道の道標と変わったお地蔵さん(?)が並んでいました。
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新薬師寺前を通過します。ここは何度も通っていますが、中に入ったことがありません。
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新薬師寺の少し先にある、宅春日(やけかすが)神社です。
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白毫寺参道の階段です。門の前まで行ったのですが、本堂は工事中で拝観料も要るので、門の所で引き返しました。このお寺の創建はかなり古く、閻魔大王を祀っています。
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このような道標が至る所に立てられていて、地図を見なくても歩けます。
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八阪神社です。本殿の他に摂社が5社鎮座しています。
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荒れた竹林の中の道を行きます。
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少しずつ登ってきて、見晴らしが良い所に出ると、奈良市街とその先に生駒山が一望できます。
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白山比咩神社です。全国に点在する「白山神社」と同様、石川県の白山神社の白山権現の信仰によるものと言うことです。
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大きな溜池の辺りにある、崇道天皇陵です。
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放置された梅林の中の道を行きます。
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石仏とかなり古そうな墓石が立ち並んでいました。
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円照寺の門と参道です。山の辺の道は、右手の石段を登っていきます。
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円照寺は、臨済宗妙心寺派の尼寺で、斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と共に大和三門跡と呼ばれる門跡寺院です。華道の「山村御流」の家元でもあり、山村御殿(山村御所)とも呼ばれています。内部は非公開で、山門とその左手奥にあるトイレのところまでしか入れません。山門とそこから覗いた美しい庭と建物です。
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その少し先の山村町バス停がゴールで、奈良までバスで帰ることになっていますが、10Kmほどしか歩いていないので、そのまま西へ、帯解寺の方へ向かい、帯解寺の前の道を北へ、「ならまち」まで歩いていきました。
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ならまちは、何度も歩いていて写真も色々撮っているので、今回は、国の重要文化財に指定されている「藤岡家住宅」だけ撮りました。この家は、築200年を超える奈良市でも最も古い町家の一つで、今も住宅として使われていて、内部は非公開です。
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この後は、三条通に出て、JR奈良駅まで歩きました。所要時間4時間23分、歩行時間3時間28分、歩行距離15.8Kmでした。今日は風もあり、気温も5度程度と低く、そのためか近鉄ハイクにしては参加者はそれほど多くなかったようです。景色も良く、変化に飛んでいて気持ちよく歩ける道ですが、やはりもう少し暖かくなってから歩くほうが良いコースだと思いました。




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電鉄ウォーキング | 06:12:22 | コメント(0)
琵琶湖一周健康ウォーキング第12回志賀駅ー堅田駅

1月20日(日)小雨


JR志賀駅→八屋戸浜→蓬莱駅→蓬莱浜→和邇浜→小野駅→真野浜→道の駅びわ湖大橋米プラザ→JR堅田駅(14Km)

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琵琶湖を14回に分けて一周する、通称「ビワイチ」の12回目で、私は3度目ですが、友人3人と一緒に参加しました。今日は大体予報通り朝から小雨で、歩いている間中ずっと降り続いていました。でも、細かい雨であまり気にならない程度でしたが、ガスがかかっていて、期待していた雪を被った比良山は影も形も見えず、びわ湖も霞んでいて、一面乳白色の世界の中を友人とおしゃべりをしながら歩いていました。
9時40分頃からコース説明などがあり、いつものように、S,A,B,Cの4つのグループに分かれて、私達のB班は9時55分にスタートしました。
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雨具を着けて、団体で歩いていきます。
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琵琶湖も霞んでいて、対岸は全く見えません。
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湖岸に出て、八屋戸浜を歩いていきます。
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蓬莱駅で休憩です。駅前に「蓬莱浜」のモニュメントが立っています。
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八所神社の前を通過します。
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蓬莱浜を歩いていきます。湖面に水鳥が多数浮いていました。
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和邇浜に出ました。
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小野駅の裏を通ります。
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真野浜を歩いていきます。
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琵琶湖大橋西詰にある道の駅びわ湖大橋米プラザに着きました。ここで昼食です。雨の中、室内で休憩できるのはありがたいです。
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米プラザを出たところにある、佐藤忠良作「若い女・シャツ」の像と琵琶湖大橋です。ここからゴールの堅田駅までは30分足らずです。
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堅田駅に13時15分に着きました。
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所要時間3時間20分、歩行時間2時間9分、歩行距離11.3Kmでした。列詰め休憩が長く、歩行時間の割に所要時間が長くかかっています。歩行時間から見ても、配られた地図にある14Kmはなかったと思いますが、それにしてもちょっと差が大きすぎますね。
今回は、距離も短く、ずっと小雨で景色も良く見えなくて、写真もあまり撮っていません。でも、風がまったくなく、気温も高い目で歩くには悪くない日でした。友人と一緒だったので、小雨の中を楽しく歩けました。
スタッフの皆さんには、雨の中、道案内などありがとうございました。




琵琶湖一周 | 21:51:23 | コメント(2)
茶源郷 和束散策

1月13日(日)晴


加茂駅→恭仁大橋→瓶原(みかのはら)→加茂町奥畑→石寺の茶畑→撰原の茶畑→活動ケ丘公園→和束茶カフェ→中和束→実相寺→鎌塚の茶畑→正法寺→安積親王陵墓→加茂町奥畑→恭仁大橋→加茂駅(20Km)

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木津川市加茂町北部から和束町、その東に位置する南山城村は、お茶の大産地で、宇治茶の大部分を生産しています。特に、和束町は京都府内で栽培されるお茶の約4割を生産しています。山の斜面一帯に広がる茶畑の景観は素晴らしく、平成20年に京都府景観資産第1号に登録され、また、平成27年には文化庁により日本遺産に選定されています。さらに、京都府では[宇治茶の文化的景観」として世界文化遺産への登録を目指して活動を続けており、その中に和束の茶畑も含まれています。
今日は天気も良く、絶好のウォーキング日和なので、久しぶりに和束へ美しい茶畑を見に行くことにしました。茶畑は、秋の刈り取りが終わって、新芽もまだ出ていなくて、形の整った冬が一番美しく、春になり新芽が出てくる頃には、茶畑全体に日よけがかけられ、真っ黒けになります。
加茂駅前から、北へ向かい木津川にかかる恭仁大橋を渡り、更に北へと行くと、加茂の茶畑が見えてきます。
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この道の突き当りを左へ行くと、海住山寺入口、さらに、奈良時代聖武天皇の時に一時都が遷された恭仁宮跡へと続きます。ここを右へ、山の方へと歩いていきます。その道沿いに、鎌倉時代に造られた大井手用水という、和束川から約7Kmも続く農業用水路があります。これは一帯の稲作に今も使われています。
1901-02-和束-IMG_0254 1901-03-和束-IMG_0255説明

加茂から和束へと続くこの道は、その昔、恭仁京と紫香楽宮を結んでいた古官道「恭仁京東北道」です。道の両側の斜面に茶畑が続きます。
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機械で刈り取るので、きれいに整形されています。
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かなり古そうな愛宕灯篭が路傍に立っていました。下部に[愛宕山」と掘られているのがかろうじて読み取られます。「愛宕山」の表記から江戸時代以前のものではないかと思われます。
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和束で最も美しいと言われる、石寺の茶畑です。撰原の茶畑と共に、京都府景観資産に登録されています。
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そこから少し登ったところにある、撰原の茶畑です。1901-10-和束-IMG_0306 1901-11-和束-IMG_0277 1901-12-和束-IMG_0278 
和束散策の中心に位置する活動ケ丘公園に着きました。入り口に立っている石碑の下に、大伴家持の歌碑があります。
「吾が大君 天知らさむと 思わねば おほにそ見ける 和豆香(わづか)杣山(そまやま)」(万葉集) 巻3-0476 挽歌
774年(天平16年)に、聖武天皇の皇子であった安積(あさか)親王が17歳で恭仁京にて亡くなりましたが、藤原仲麻呂による毒殺と言われています。その死を悼んで詠まれた挽歌です。安積親王は、和束の地をを愛し度々訪れていたことから、このすぐ近くに陵墓があります。
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この公園のすぐ近くに和束茶カフェがありますが、丁度改装工事中で、公園内の「てらす和豆香」内に臨時店舗がありました。ここで、お茶を買ったりしてしばし休憩です。
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和束川の方へ行くと、目の前に安積親王陵墓が見えます。上からの見晴らしが良いので、あとで登ることにします。
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丁度昼時なので、和束川沿いに最近できた、茶畑での収穫から販売までを手がけているという「d:matcha Kyoto」で「煎茶と大葉のジェノベーゼセット」を食べました。パスタの上に煎茶の葉が乗っていて美味しかったです。目の前の釜塚の茶畑を眺めながら食事ができます。
その後、南へ向かい、実相寺を訪れました。門の脇に立つ榧(カヤ)の大木は、樹齢500年と言われているそうです。
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京都府景観資産登録地域の釜塚の茶畑です。
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府道62号線に出たところにある、紅葉の名所で知られる正法寺にも立ち寄りました。このお寺は、天平16年(744年)安積親王の菩提を弔うため、行基により創建されたと伝えられている古刹です。緩やかな石段を登って行きます。
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書院と本堂前の勅使門です。書院の隣の本堂は、改修工事中で足場などで囲われていました。
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和束川を渡ります。
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安積親王陵墓に登りました。茶畑の中にちょっと歩きにくい石畳の階段が続いています。
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頂上部分にある陵墓です。
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陵墓の柵の外を一周できます。ここからは、和束町が一望できます。
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このあと、来た時とほぼ同じ道を通って帰途につきました。茶畑の間に、製茶工場がいくつか建っています。最近は、和束町内で製茶し、「和束茶」のブランドで売り出しています。
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しばらく道の両側に茶畑を眺めながら歩きます。帰りはだいたい下りなので楽です。
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石寺の茶畑の手前から、行きに通った道の一つ山側を通りました。この方が近いのと、上から茶畑全体を見渡せます。石寺の茶畑です。
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加茂へ戻ってきて、恭仁大橋を渡ります。木津川の上流側です。ここから上流は、コンクリートの護岸工事などがして無くて、自然が残る美しい景色です。
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所要時間6時間9分、歩行時間4時間35分、歩行距離20.2Kmでした。
久しぶりに和束へ行きましたが、以前に比べ茶源郷の宣伝がだいぶ行き渡ってきたのか、寒い時期にも関わらず、そう多くはないですが、観光客も見られ、新しい飲食店やお茶を使ったスイーツの店などもだいぶ出来ていました。でも、世界遺産に登録されて観光客が押し寄せるようなことになると、道も狭いし、駐車場もあまりない所なので、どうなるか心配です。それに、茶畑に入り込んで写真を撮ったりする人達も出てきそうで、あまり開発が進むのもどうかと思います。この美しい景観をいつまでも守っていってほしいと思います。



個人的ウォーク | 16:55:00 | コメント(2)
初登り&豚汁 (ちはや園地)

1月6日(日)曇一時小雪


南海・河内長野駅→(バス)→金剛山登山口→千早城址への分岐→七曲がり→楠木正儀の墓→5合目→ちはや園地香楠荘→金剛山頂上(国見城跡:h1125m)→転法輪寺→葛木神社→ちはや園地金剛山キャンプ場→伏見峠ルート→金剛山ロープウェイ前バス停(9.0Km)→(バス)→河内長野駅

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日本パークレンジャー協会主催のイベントで、金剛山に登り、ちはや園地のキャンプ場で、豚汁と芋ご飯を頂きます。毎年開催されている大変人気のイベントで、申込開始から20数時間で30名の定員一杯になったそうです。友人二人から誘われて参加することにしました。少々不安もあったのですが、10名ずつの班に分かれて、それぞれにパークレンジャーの方が2,3名ずつ付いて下さるし、若くてタフな友人2人と一緒なので何とかなるだろうと、簡易アイゼンなど簡単な冬山の装備を整えて出掛けました。当初の雨の予報も無くなり、時折薄日の差すまずまずの天気で、日中はそれほど寒くもなく良かったです。
河内長野駅で、登山口行きのバスを待ちます。ビワイチの超タフな人達と一緒です。
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登山口の広場で、受付を待っています。じっとしていると寒いです。
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受付を済ませ、パークレンジャーの方の紹介、簡単なストレッチなどの後、班に分かれて出発しました。私は、登りは遅いので、後ろの方でゆっくり登っていきます。友人2人も付き合ってくれて助かります。
鎌倉時代末期に楠木正成が築いた山城である、千早城への分岐ですが、今日はこちらへは行かず直進です。
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楠木正成が築いたもう一つの山城、楠木城跡(上赤坂城跡)への道標がありました。
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道の途中に、楠木正儀の墓がありました。正儀は楠木正成の三男で、この墓は1680年の建立だそうです。
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急な木の階段がずっと続いています。
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5合目に到着。しばらく休憩です。
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誰が立てたか、ウルトラマンとバルタン星人の碑がたっていました。
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所々に、路傍のお地蔵さんがありました。
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8合目です。さらに木の階段が続きます。このルートは、大半がこのような階段です。
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文部省による[史跡金剛山」の碑と、案内板がありました。
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いよいよ雪の道になってきました。この先で、アイゼンなどの滑り止めを付けました。
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頂上近くのちはや園地内の村営宿泊施設香楠荘前の広場に着きました。
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少し登ると頂上の国身城跡です。
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ライブカメラに写っている、金剛山頂1125mの看板です。霧氷がきれいです。
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周り一面の木々は、美しい霧氷に包まれていて、素晴らしい景色です。霧氷を見るのは初めてで、これだけでも登ってきた価値があります。
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香楠荘前広場に戻り、その先にある転法輪寺に参拝しました。このお寺は、奈良時代から続く葛城修験道場です。
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ここから、葛木神社に向かいます。参道にある[福石」です。
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参道の階段です。滑りやすいので慎重に登っていきます。
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葛木神社に参拝しました。665年(天智天皇4年)に役行者が、長い修行の後、金剛山頂に金剛山転法輪寺を建立し、その際自身の祖神である一言主大神を祀る葛木神社を鎮守としてあわせ祀り、金剛山を神仏混淆の霊峰としたのが始まりと言われています。金剛山の本当の山頂は、この神社の裏にあるそうですが、神域で立入禁止になっているため、国見城跡を山頂としているようです。
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ここから、ちはや園地のキャンプ場へ向かいます。途中で、葛城山が良く見えました。
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このあたりも、ヒノキの霧氷が見事です。
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樹齢500年という仁王杉です。
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この先のキャンプ場で、レンジャーの方々が作られたた、温かい大盛りの豚汁と芋ご飯のおもてなしがあり、大変美味しくいただきました。ただ、丁度小雪が舞出し、椅子、テーブルに積もって、座ると冷たいので立ったまま食べました。
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ここで解散で、ケーブルで降りる人、歩いて下りる人に分かれてそれぞれ下山します。私たちは、伏見峠を通って下山しました。コンクリート舗装の歩きやすい道ですが、雪があると凍っていて滑りやすいので注意が必要です。
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路傍に、樹齢300年というトチノキの大木がありました。
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伏見峠コースの登山口に降りてきました。
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所要時間4時間58分、歩行時間2時間33分、歩行距離9.0Kmでした。この後は、バスで河内長野駅へ向かい、帰宅しました。
頂上付近の積雪は、数cmで割に楽に歩けましたが、気温は低く、霧氷が大変綺麗でした。レンジャーの方々方には、各グループの引率、所々での自然や史跡などの説明、豚汁、芋ご飯の準備など、色々とお世話していただきありがとうございました。大変良いイベントで、人気の理由がわかります。




トレッキング | 19:06:15 | コメント(2)
新春例会・世界遺産[薬師寺」&時空を超え・よみがえる[天平の都」

1月4日(金)晴


近鉄西の京駅→薬師寺(集合)→垂仁天皇陵→西大寺→秋篠寺→成務天皇陵→垂仁天皇皇后陵→佐紀の里→平城宮跡→平城宮跡歴史公園(昼食)→朱雀門→平城宮いざない館→近鉄西大寺駅 or JR奈良駅(13Km)

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大和ウォーキング協会の新春例会に友人と久しぶりに参加しました。朝から快晴で、日差しが暖かく心地よいウォーキング日和になりました。集合場所は薬師寺境内、玄奘三蔵院前広場です。協会の設立第1回例会以来、新年例会は毎年薬師寺からスタートしているようです。
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この先にあるまほろば会館で出発式がありました。最初に薬師寺の僧侶(禄事?)の方から、薬師寺元管主・高田好胤和上についての講話があり、続いて会長の浅田さんの挨拶がりました。
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会場が狭いので、ストレッチは省略して10時22分に、約240名の参加者でスタートしました。
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北へ向かい、垂仁天皇陵の横を通ります。
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西大寺へ向かい、南門から入ります。本堂と愛染堂の前を通って東門から出ました。西大寺は、天平年間の創建ですが、火災などで当時の伽藍を失い、現在の伽藍は全て江戸時代以降の再建です。
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さらに北へ向かい、秋篠寺に南門から入ります。
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木々の茂った参道を行きます。苔がきれいです。
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列詰め休憩の後、東門から出て、田圃の中の道を歩いていきます。
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成務天皇陵の周りを回っていきます。
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堀を挟んで、右手は垂仁天皇の皇后・日葉酢媛命陵です。
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そのすぐ前にある、八幡神社です。
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平城宮跡に着きました。大極殿の裏を通ります。
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大極殿横の遺構展示館前広場で昼食休憩です。
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昼食後のスタート前に、遠方から参加された方ということで、敦賀の車三吉さんが紹介され、Facebook の「日本から世界へと、楽しくウォーキング」についての紹介などをされました。車さんとは、直接お会いするのは初めてで、個人的にお話をすることが出来て良かったです。
その後は、南へ朱雀門の方へ向かいます。大極殿と朱雀門のちょうど真ん中あたりで工事中の建物がありました。大極殿院南門を再建しているそうです。近々、工事中の建物の見学会があるようです。
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朱雀門をくぐっていきます。
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朱雀門を出た所に新しく出来た平城宮いざない館を見学します。当時の生活を示した模型や大極殿の再建過程など、様々な出土品や資料をわかりやすく展示してあり、見ごたえのある資料館でした。
当時の貴族の食事が展示されていましたが、生牡蠣やエビなどどうやって運んだのかと思うようなものも並んでいて大変豪華で、食事内容は今とあまり変わらないようで、これが本当だと驚きです。
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大極殿の骨組模型もありました。
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ここで30分ほどの見学の後、本隊は近鉄西大寺に向かいますが、JR奈良駅へ行く人はここで解散で各自で行くことになりました。私は、途中寄り道をしながら、JR奈良駅まで歩いて帰りました。
歩行時間2時間49分、歩行距離13.1Kmでした。
素晴らしい天気に恵まれ、友人とのんびり、楽しく歩きました。京都や大阪の混雑した初詣は余り行きたくないので避けていますが、奈良は混み合うこともなく、ゆっくり名所旧跡を訪ね歩くとこが出来るので好きです。スタッフの皆さんには、お世話になりありがとうございました。



ウォーキング協会例会 | 11:46:00 | コメント(4)
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