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Old Walker

Author:Old Walker
関西地方を中心にあちこち歩いています。
時には、ぶらりと旅に出たりもします。

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京の七口シリーズ③ 大原口

12月23日(日)晴のち曇


八瀬比叡山口→若狭街道→花園橋→高槻児童公園→加茂波爾神社→(高野橋→下鴨神社)→葵橋→今出川通→大原口道標→御所→護王神社→丸太町通→(全国高校駅伝見物)→東洞院通り→京都駅前京都府ウォーキング協会事務所(15Km)

1812-00-京の七口-I軌跡 

心配していた天気も徐々に回復に向かい、今日は朝から日が差して温かい一日になりました。久しぶりに、京都の例会に中間5人で参加し、八瀬から京都駅まで歩きました。
9時22分出町柳初の電車が、新造の観光電車「ひえい」なので、それに間に合うように出町柳に向かい、5人揃ってこの電車に乗りました。車内もスッキリとしていてきれいです。出発時には満員になっていました。
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八瀬駅に到着、受付を済ませ、対岸の集合広場へ向かいます。
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八瀬駅に停車している「比叡」です。
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コース説明などの後、10時16分に団体でスタートです。
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しばらく杉林の山道を歩きます。
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一乗寺の高槻児童公園でトイレ休憩ですが、トイレには長蛇の列が出来ていて、だいぶ時間がかかりそうなので、5人で先にスタートしました。
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この5人で歩くと、適当に抜け出して自由歩行にしてしまうので、苦手な団体歩行でも苦になりません(上のコースで括弧内は抜け出して勝手に歩いた所です)。加茂波爾神社に着きました。この神社は、下鴨神社の境外摂社で、延喜式神名帳にも載っているそうで、かなり古くからある神社のようです。鳥居と拝殿です。
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境内には、参道に鳥居が立ち並ぶ源九郎稲荷神社がありました。
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コースを外れて、高野橋を渡り、住宅街を歩いて下鴨神社に参拝しました。楼門と中門です。
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下鴨神社の参道を南へ抜けた所で、本隊に出会い合流して、今出川通へ向かいます。同志社女子大学近くの今出川通に「大原口」の道場が立っていました。江戸時代の寺町今出川は大原口といわれる重要な辻で、慶応4年(1868)に立てられたものです。この通りは今まで何度も通っているのに、この道標には全く気づきませんでした。四面に方角とともに22か所もの目的地名が距離とともに示されている、立派な道標です。
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御所の出水口広場で昼食休憩です。
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昼食後は、足腰の守護神という、護王神社に参拝しました。拝殿前には、狛犬の代わりに猪が立っていて、その前には大きな猪の絵馬が置かれていました。また、拝殿の奥には、チェーンソーで彫った猪像が置かれており、境内では丸太から猪をチェーンソーで掘り出すパフォーマンスが行われていました。
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この日は丁度全国高校駅伝が開催されていて、間もなく丸太町通を通るようなので、コースを外れて、御所の堺町御門前で待ち構えていました。13時56分に先頭のテレビ中継車とその後ろに先頭ランナーがやってきました。
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先頭は世羅高校、続いて倉敷高のランナーがやってきました。最後には、逆転して倉敷が優勝したようです。
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もうしばらく見ていた後、西洞院通を南へ急ぎ、京都駅前のゴールに14時55分に着きました。すでに皆さんゴールしたあとで、スタッフの方々は帰り支度をしておられました。
所要時間4時間40分、飛行時間2時間58分、歩行距離14.9Kmでした。
勝手なことをして、スタッフの皆さんにはご迷惑をかけてすみません。でも、久しぶりの5人組揃い踏みで楽しく歩きました。この後、京都駅でお茶菓子で簡単な忘年会をして分かれました。
多分、これが今年最後のウォークになると思います。来年もよろしくお願いいたします。



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ウォーキング協会例会 | 11:17:00 | コメント(0)
琵琶湖一周健康ウォーキング 第11回 近江高島駅~志賀駅

12月9日(日)曇時々小雨


近江高島駅→大溝城跡→乙女ヶ池→鵜川四十八体石仏群→白鬚神社→北小松駅→小松浜水泳場→近江舞子内湖→比良駅→志賀駅(17Km)

1812-00-ビワイチ-軌跡 
滋賀県ウォーキング協会の通称「ビワイチ」に友人3人と久しぶりに参加しました。今日はこの冬一番の冷え込みで、朝、家を出る時は外気温2℃で、晴れていたのですが、北の方は一日中雨の予報で、今日歩くところはその境目あたりで、小雨が降ったり止んだりの寒い一日でした。
ビワイチは、4つの班に分かれてスタートします。Sは7Km/h、Aは6-6.5Km/h、Bは5-5.5Km/h、Cは4-4.5Km/hの速度で歩きます。いつもはS班で歩いている仲間の若い2人も、今日は我々と一緒にB班に入り、寒い中を4人で楽しく歩きました。
10時少し前に近江高島駅に着いた時には、既に小雨が降っていて、皆さん高架下に集まっていました。
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S班から順にスタートし、B班は10時29分のスタートでした。駅前のガリバー像の横を通っていきます。
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高島市民病院の裏を回って行くと、大溝城跡があります。この城は、織田信澄(信長の甥)が、天正6年(1578)に築城したもので、琵琶湖から細い水路で通じた小さな内湖(乙女ヶ池)と川と堀を要害とした水城だったようです。現在は、天守台の石垣が残っているだけです。
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そのすぐ先にある、小雨に煙る乙女ヶ池を渡っていきます。
1812-06-ビワイチ-IMG_0009  1812-07-ビワイチ-IMG_0011 1812-08-ビワイチ-IMG_0010説明 
さらに南へ向かうと、鵜川四十八体石仏群があります。この石仏は、天文22年(1553年)近江半国の守護職、佐々木六角義賢が亡き母の菩薩を弔うために阿弥陀の四十八願に因んで建立したと伝えられていますが、異説もあるようです。
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湖岸道路へ降りてくると、「西近江路」の道標が立っていました。
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湖岸道路をしばらく行くと、白鬚神社が湖岸に建っています。この神社は、近江最古の大社で、社記によると垂仁天皇の25年(2000余年前)、皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が社殿を創建されたということで、全国に約300の分霊社が祀られているそうです。湖に浮かぶ鳥居です。
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拝殿の正面と側面で、拝殿と本殿(左)が一つの建物につながっています。
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小雨の中を、湖岸道路を南へと歩いていきます。気温も低く、寒いです。
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近くの山の紅葉がきれいでした。
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北小松駅で昼食を摂りました。しばらく雨はやんでいましたが、また降り出しました。
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人気のない静かな小浜浜水泳場を通っていきます。
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山の上の方は雲がかかっていて、雪が降っているようです。
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近江舞子中浜水泳場を通ります。
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近江舞子の内湖です。この内湖は、寛文2年(1662)に湖西を襲った大地震により、湖岸線が水没して形成されたものです。また、この雄松崎一帯は近江舞子水泳場で、琵琶湖八景のひとつ「雄松崎の白汀」として有名で、日本の白砂青松百選にも選ばれています。
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比良駅前を通過します。
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湖西線に沿って歩いていきます。
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ゴールの志賀駅に14時44分着きました。この頃には、雨も止んでいました。
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所要時間4時間15分、歩行時間3時間19分、歩行距離16.9Kmでした。小雨が降り続き、時にはみぞれ混じりの寒い日でしたが、4人でおしゃべりをしながら楽しく歩きました。こういう日は、一人だとちょっとつらいですね。団体歩行ですが、速度別に分けているので、途中の待ち時間はそれほど長くなくて良いのですが、4班にも分けると、スタッフの方は大変だろうと思います。ご苦労様でした。




琵琶湖一周 | 21:43:03 | コメント(3)
田原本線開業100周年記念ハイキング 田原本線の歴史を訪ねて
12月2日(日)晴

新王寺駅→大輪田駅→佐味田川駅→池部駅→箸尾駅→但馬駅→黒田駅→孝霊神社→西田原本駅(14Km)

GPSの軌跡ですが、機器のスイッチを入れ忘れていて、王子駅から約3キロの地点から始まっています。
1812-00-近鉄田原本線-軌跡 
天気も良いので、奈良の田園地帯をのんびり歩くつもりで、友人と近鉄フリーハイキングに出かけました。近鉄田原本線は、1918年に大和鉄道として新王寺ー田原本間が開通し、太平洋戦争中に一時休止後、昭和23年に電化して再開、昭和36年に近鉄と合併し現在に至っています。今日のコースは、王寺から田原本線にほぼ沿って田原本駅まで歩いていきます。途中、各駅を訪れる他に特に見どころはありませんが、景色を眺めながらのんびり歩くにはちょうと良いコースでした。
9時過ぎに王子駅に着き、並んで地図をもらって9時25分頃スタートしました。
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しばらく田原本線に沿って歩きます。
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雪丸の看板のところで、田原本線の下をくぐっていきます。
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まず、大輪田駅前を通ります。
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しばらく住宅街を歩いていきます。GPSの軌跡は、このあたりから始まっています。
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佐味田川駅です。ここは何度か通ったことがあります。
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池部駅近くの線路沿いの紅葉です。ちょうと今が見頃になっています。
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池部駅に電車が入ってきました。
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池部駅正面です。
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池部駅隣の河合町役場の立派な門です。
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ここは、大和鉄道の建設を行った実業家の邸宅だった所で、河合町に譲渡され町役場として使われてきたました。現在は、敷地内に役場の本館が立てられています。庭園の一部は残されていて、紅葉がきれいでした。
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道路脇に、直木三十五を顕彰する文学碑が建っていました。何故ここにあるかという説明が裏にかかれていました。直木三十五の父がこの地の出身だったそうです。
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高田川を渡ります。上流側の風景です。
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箸尾駅に着きました。
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すすきがきれいです。
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葛城川を渡ります。
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田園地帯を歩いていきます。田原本線の電車が走っていました。
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但馬駅です。
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飛鳥川の船つき橋を渡ります。このあたりの飛鳥川はあまりきれいではありません。
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線路脇を歩いていきます。
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黒田駅です。
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そのすぐ先にある、孝霊神社です。ここの境内で、昼食休憩しました。
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ゴールの西田原本駅に着きました。
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友人とおしゃべりをしながら、のんびり歩いたので4時間20分程かかっています。天気の良い日に、のどかな田園風景を眺めながらのんびり歩くのも、また良いものです。近鉄のフリーハイキングは、久しぶりですが、矢貼や案内の人はいなくて、地図だけを頼りに歩くのですが、肝心の地図は以前よりはだいぶわかりやすくなってはいますが、目印になるものが「カーブミラー」とか「郵便ポスト」とか、どこにでもあるものしか書かれていないので、道に迷いやすいです。具体的な店の名前などは出さないことにしているようですが、目につくのは店の看板などなので、名前を書いてあっても良いと思うのですが。今回も、やはり道に迷ってウロウロしている人を見かけました。




電鉄ウォーキング | 11:37:00 | コメント(0)