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Old Walker

Author:Old Walker
関西地方を中心にあちこち歩いています。
時には、ぶらりと旅に出たりもします。

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山を登る会 第987回 柳生街道
2月25日(土)曇

近鉄奈良駅→滝坂の道→首切地蔵→峠の茶屋→円成寺→夜支布山口神社→南明寺→阪原峠→疱瘡地蔵→柳生の里→阿対の石仏→笠置山→笠置駅(23Km)


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山を登る会に参加して、柳生街道を歩いてきました。柳生街道は、奈良市街地から柳生まで通じる古道で、沿道に誓多林(せたりん)、忍辱山(にんにくせん)など、インドの聖地に見立てた仏教由来の地名が今でも残っていることから、奈良・平安時代には既に山岳仏教の道場となっていたと考えられています。
9時少し前に、近鉄奈良駅に着くと、地下の改札前に大勢の人が集まっていました。
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コース説明などのあと、参加者88名で9時12分に出発し、行基像の前を通り奈良公園へと向かいます。
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曇り空のもと、興福寺の境内を抜けていきます。
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餌をねだる鹿の脇を歩いていきました。
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滝坂の道に入り、緩やかな坂を登っていきます。
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江戸時代に敷かれたという石畳の道がしばらく続きます。荷車によって削られた轍の跡が残っています。
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しばらく登っていくと、左手の崖に彫られた夕日観音、その少し先に朝日観音があります。
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この道は、東海自然歩道に指定されていて、道標が所々にあってわかりやすいです。
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首切地蔵の前にある、木板に彫られた案内板です。
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首切地蔵です。
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さらに峠の茶屋まで登っていきました。緩やかな上り坂でそれほど高くまで登った気がしないのですが、GPSの高度を見ると、100m から480m まで標高差380mを登っていました。しばらくアップダウンのある檜林の道を進んでいきます。
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東海自然歩道の道標のある辺りが、今日の最高地点489mでした。
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林の中を下っていきます。
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忍辱山(にんにくせん)円成寺に11時46分着き、この池の畔で昼食を摂りました。「忍辱」とは、菩薩の修行すべき六つの徳目をあらわす菩薩行六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)のひとつで、いかなる身心の苦悩をも耐え忍ぶというということを意味しているそうです。
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しばらく下っていくと、大柳生の里に出ます。
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大柳生の里を見渡す高台に立つ、夜支布(やぎう)山口神社です。
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大柳生盆地を眺めながら歩いていきます。
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道端に水木古墳がありました。
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鎌倉時代に建立されたという、南明寺です。今は、本堂だけが残っています。
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柳生城主の柳生宗矩の側室となった村娘・お藤の逸話が残る「おふじの井戸」です。
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この井戸を過ぎたあたりから、阪原峠(かえりばさとうげ)へと登る激坂が続きます。この登りはきつかったです。
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標高364mの阪原峠を超えると、倒木の多い激坂の下りです。
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下りきった所に疱瘡地蔵がありました。
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柳生の里の案内図がありました。
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八坂神社です。
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笠置への道の道標が出てきました。
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柳生藩家老屋敷です。門と母屋です。
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屋敷は立派な石垣の上に建っていて、外からは見えません。
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舗装道路を外れて、阿対の石仏への山道を行きます。
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阿対(あたや)の石仏です。
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再び舗装道路へ戻ったあと、笠置山への道に入り登っていきます。
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頂上近くにある、1890年創業の料理旅館[松本亭」の前へ出ました。
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その前に案内板がありました。
1802-41-柳生街道-IMG_3132案内板 
急坂を下って行き、登山口に出ました。ここから駅まではすぐです。
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15時13分に笠置駅に着きました。関西線の列車は1時間に1本で、15時28分の列車に乗って帰宅しました。先頭集団は、1時間前の列車で帰ったようです。
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所要時間6時間丁度、歩行時間5時間8分、歩行距離23.1Kmでした。
今日は、一日中薄曇で、山の中は5℃くらいで寒かったですが、里へ降りてくると10℃くらいになり、歩きやすかったです。滝坂の道は何度も歩いていますが、柳生まで歩くのは初めてです。思っていたよりずっとアップダウンが激しく、柳生の里への最後の峠越えは、道はよく整備されていましたが、びっくりするほどの激坂でした。矢貼の他に東海自然歩道と柳生街道の道標がしっかりしていて、道に迷うことはなくゴールに着きました。スタッフの皆さん、ありがとうございました。




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トレッキング | 09:50:00 | コメント(4)
西山古道から柳谷観音・天王山

2月17日(土)曇時々小雨


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阪急西山天王山→西代里山公園→立石橋→西山古道→柳谷観音→乗願寺→天王山→酒解神社→宝積寺→離宮八幡宮→大山崎駅(11Km)

  阪急ハイキングに参加して、西山古道から天王山へ行ってきました。西山天王山駅に10時10分ほど前に着き、受付の調子馬ノ池公園へ向かいました。 公園には「西山古道」の真新しい石柱と説明板がありました。
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公園には既に長い列ができていました。
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地図をもらって、10時2分に出発し、京都縦貫道下の歩道を歩いていきます。予報では、一日中晴のはずですが、暫くの間細かい雨が降っていました。
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しばらく小泉川沿いに歩いていきます。
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西代里山公園から西山古道に入ります。
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細い山道に入り、長い渋滞の列に付いてゆっくり登っていきました。
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少し急なアップダウンが続き、少しづつ列もバラけてきました。
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所々に道標が立てられていて、道はわかりやすいです。
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尾根道を進んでいきます。この頃には、雨も止んで少し日が差してきました。
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道が開けて、柳谷観音に着きました。
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西山古道と西山三山の案内板がありました。
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柳谷観音(立願山楊谷寺)は、平安時代に清水寺を開山された第一世延鎮僧都により開創されたお寺で、眼病平癒の祈願所として古くから信仰されてきたそうです。
山門と本堂です。
1802-14-天王山-IMG_2907 1802-15-天王山-IMG_2908 1802-18-天王山-IMG_2916説明 
今日は大護摩供が開催される日で、大勢の参拝客で賑わっていました。本堂横では、大護摩供が始まったばかりで、大峰山から来られた山伏の方々をお迎えするところで、しばらく見物していました。
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境内の接待所で、志納金を収めて甘酒とかき餅を頂き、しばらく境内を見物して回ったあと、乗願寺方面へと一旦下っていき、天王山へとまた登ります。
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天王山山頂の少し手前の、今日の最高地点(h302m) に着きました。丁度お昼時で、日もさしているので、ここで昼食休憩です。でも、しばらくすると風が吹き出し、曇ってきて小雪が舞だし寒かったです。
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しばらく下ってから、最後の急な山道を登りきると、天王山山頂 (h274m) です。
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山頂に天王山歴史マップがありました。
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このあたりには、山崎城があったそうです。
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しばらく下っていくと、酒解神社がありました。延喜式にも載っている格式のある古いお社だそうですが、その割にはお社は荒れた感じででした。
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校倉造の神輿庫は板倉式倉庫としては日本最古のもので、国の重要文化財に指定されています。写真の左手の建物ですが、柵があり上手く撮れなかったので山崎観光案内所のHPから写真を拝借しました。
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山道を下っていくと、酒解神社の大きな鳥居がありました。
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鳥居横にある旗立松展望台は、山崎合戦の時、秀吉が味方の士気を高めるため老松の樹上高く千成ひょうたんの旗印を掲げた所で、淀川、大阪平野、京都盆地が一望できました。北東方面の眺めです。
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さらに下っていくと、宝積寺の境内に入りました。本堂と仁王門です。
1802-30-天王山-IMG_2938 1802-31-天王山-IMG_2939 1802-32-天王山-IMG_2937説明 
下りきって、JRの線路を越えた所に離宮八幡宮がありました。ここは、石清水八幡宮の元社にあたり、八幡大神を祭神とする神社だそうです。境内を通り抜けました。
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JRの駅を通り越して、ゴールの阪急大山崎駅に13時42分到着です。今日の参加者は807名でした。このあと、JR山崎駅に戻り帰宅しました。
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所要時間3時間40分、歩行時間2時間40分、歩行距離12.5Kmでした。
今日は、予報に反してほとんど曇りで、時折傘の要らない程度の細かい雨が降り、山では小雪が舞って風もあり寒い一日でした。でも、変化に飛んだコースで、楽しく歩けました。



電鉄ウォーキング | 13:16:53 | コメント(4)
愉快・爽快・空海ウォーク - 早春の上神谷から寺社を巡り西高野街道を歩く
2月10日(土)曇時々小雨

泉ヶ丘駅→大蓮公園→櫻井神社→妙見山感應寺→フォレストガーデン→晴美公園→天野街道→西高野街道→松林寺→河内長野駅→酒蔵通り→天野酒酒蔵(ゴール:18Km)→河内長野駅

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南海電鉄ハイキングに参加して、堺市、狭山市、河内長野市を通る西高野街道を歩いてきました。午後から小雨の予報のところ、11時ころから細かい雨が降り出しましたが、大したことはなく傘をさしたのはごく短時間だけで、昨日までのような寒さはなく気持ちよく歩けました。
受付開始の9時30分少し前に泉ヶ丘駅に着くと、既に100人位並んでいました。
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地図をもらって、9時35分にスタートし、駅前のビルが立ち並んでいる間を抜けて行きました。この時から、傘はいらない程度の細かい雨が降っていました。
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大蓮公園へ入ると間もなく「陶邑(すえむら)窯跡」がありました。泉北丘陵一帯は、古墳時代から須恵器の生産地であったそうで、ニュータウンの建設工事にともなって、多数の窯跡が発掘されたとのことです。
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1802-04-西高野街道-IMG_2831説明

公園内を歩いていきます。
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公園を抜けて西へ少し行くと、櫻井神社です。
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この神社の拝殿は国宝に指定されています。
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1802-08-西高野街道-IMG_2839 説明

そこから南へ向かうと、間もなく妙見山感應寺がありました。ここも、お寺ですが、鳥居が立っていました。
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本殿です。
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1802-11-西高野街道-IMG_2844 説明

そのすぐ先に、フォレストガーデンというかなり大きな公園があり、南入口から入り、北入口へ抜けていきます。この頃から少し雨脚が強くなり、しばらく傘をさして歩きました。
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公園を通り抜けて、住宅街を北へ少し行ったところにある晴美公園に屋根付きの東屋があったので、少し早いですが昼食を摂りました。その後、広い通りに出て間もなく横道へ入る階段があり、登っていくと天野街道に出ました。
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木立の間を抜ける心地よい尾根道を歩いていきます。この頃には、雨も止んでいました。
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道端の石に彫られた、天野街道の地図です。
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その先は、ナラ枯れがひどいらしく、殆どのナラの根本にポリシートが巻かれていました。恐らく薬剤を塗ってあるのでしょう。
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再び市街地に出て少し行くと、西高野街道の石柱と説明板が立っていました。
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1802-21-西高野街道-IMG_2862 説明

この先ずっと住宅街を通ります。道端に所々[西高野街道」の石柱が立っていました。
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祠と常夜灯が立っているところから、細い歩行者専用道に入っていきます。
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そのすぐ先の松林寺に裏門から入り、本堂の前を通り、表門へと抜けていきました。
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中高野街道と西高野街道の合流点です。
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1802-28-西高野街道-IMG_2873説明

河内長野駅前に、東と西高野街道の合流点の石柱と地図がありました。
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駅前を通り過ぎて少し行くと、風情のある[酒蔵通り」があり、その奥にゴールになっている、享保三年(1718年)創醸の酒蔵「天野酒」がありました。 ここは醸造所ではなく、文字通り「酒蔵」で、期待していた試飲などはありませんでした。 ここで抽選があり、4等(5等がはずれ)の地元のお菓子が当たり、[高野街道」という饅頭の3個箱入りをもらいました。今日の参加者は200名でした。
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雨も少し強くなってきたので、急いで駅前に戻り、近鉄で帰りました。
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所要時間4時間丁度、歩行時間3時間18分、歩行距離17.4Kmでした。
南海電鉄ハイクは、恐らく初めての参加ですが、こまめに矢貼がしてあり、所々にはスタッフの方が立番をしておられて、地図を見なくても道に迷う事はなかったです。幸い、歩いている間は雨も大したことはなくて済みました。





電鉄ウォーキング | 15:34:42 | コメント(4)