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Author:Old Walker
京都、奈良を中心に、関西地方をあちこち歩いています

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加茂の寺社と恭仁宮跡めぐり
1月24日(日)晴

今日は、大寒波襲来で当地でも雪の予報で、冬ごもりと決め込んでいたのですが、今朝から快晴で雪など降りそうにもないので、昼から近くを歩きにでかけました。
良く歩いているコースの一つで、加茂町北部の寺社めぐりです。歩行距離:9Km、所要時間:1時間50分、歩行時間:1時間30分でした。
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加茂駅の東を流れる新川の堤防を北へ向かうと、御霊神社があります。この神社は、燈明寺の鎮守社として創建され、本殿は、南北朝時代の建立で、国の重要文化財です。参道と本殿です。
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御霊神社の隣には、奈良時代行基の開基と伝えられる燈明寺本堂跡があります。重要文化財の本堂は、三重塔と共に横浜市の三渓園に復元移築されています。
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そのすぐ先にある医王山薬師寺です。
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木津川の手前の道を東に入って行くと、岡田鴨神社があります。この神社は、「延喜式」で大社に列せられた古社で、下鴨神社の元宮です。木津川の流路変更のため、元明天皇の岡田離宮跡に創建された天満宮の境内に移築されました(木津川市観光ガイドのHP)。
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鳥居の手前にある古い「左いがいせ道」(左伊賀伊勢道)の道標です。
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本殿。右が岡田鴨神社、左が天満宮です。
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木津川に架かる恭仁大橋を渡ります。橋から見た上流側で、人工物がほとんど見えず、美しい景観です。
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下流側です。
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橋の南詰にある歌碑「みかのはら わきて流るる泉川 いづみきとてか 恋しかるらん」は、新古今和歌集記載の中納言兼輔の歌で、奈良時代に一時期この地に置かれた恭仁京で詠まれたものです。
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北詰には、大伴家持の恭仁京を讃えた万葉歌碑があります。
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橋をわたって少し北へ行くと、恭仁宮跡があります。恭仁京は、奈良時代、聖武天皇の時に一時期置かれた都で、大極殿は、平城京のものを移築して建てられました。その後、宮殿は山城国分寺として再利用されています。今は、七重塔の塔跡基壇が残るのみです。
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大極殿跡です。残っている礎石から建物の規模が分かり、平城宮跡の大極殿復元再建にはこれを参考にされたそうです。
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恭仁宮跡の北の山々で、中央左手前の山は、海住山寺です。
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大極殿跡の西隣にある恭仁小学校の校舎は、昭和11年に建てられた木造の昔懐かしい建物です。国の史跡内にあるので、建て替えができずにそのまま使われています。ちょうど耐震補強工事中でした。
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小学校の前の道を西に行ったところに、杉木立に囲まれた静かな恭仁神社があります。参道と拝殿です。
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そこから南へ、木津川の土手を歩いて恭仁大橋を渡り、加茂町旧市街へ入ると小さな神社があります。境内には、右に恵比寿神社、左に春日若宮神社が並んでいました。
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加茂駅西口にを通って帰宅。今日は、天気は晴れて日差しは暖かかったのですが、風がとても冷たく顔だけが寒かったです。




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個人的ウォーク | 07:05:26 | コメント(2)
その他いろいろ | 13:28:33 | コメント(1)
京阪電車のぶらりあるき:伏見の酒造
1月11日(月)晴

中書島駅→伏見港公園(受付)→弁財天長建寺→乃木神社→明治天皇伏見桃山陵→御香宮神社→松本酒造→寺田屋→キザクラカッパカントリー→月桂冠大倉記念館→伏見港公園(ゴール)→中書島駅(12Km)


友人3人と、京阪電車ハイキングに参加しました。 何度も歩いたコースですが、いつも観光スポットは素通りなので、今日は4人でワイワイ賑やかに、あちこち見学しながらのんびり歩きました。 9時30分の受付開始時間の少し前に伏見港公園に着くと、既に公園いっぱいの参加者が並んでいて、私は605番目でした。結局、参加者は1400人程だったようです。
9時45分に公園を出発、濠川に架かる橋を渡って、濠川右岸を北へ進みます。


土手一面に水仙の花が咲いていました。


1羽の白鷺が餌をつついていました。


濠川の土手を北へ進み、橋を渡って宇治川派流の右岸を東へ向かいます。



しばらく歩くと、左手に月桂冠大蔵記念館の建物群が見えてきます。その先の、弁財天長建寺に立ち寄りました。山門とその先の本堂です。



さらに川に添って歩き、河口近くで土手から上がり、乃木神社に向かいます。表門です。


拝殿の両側には乃木将軍の愛馬2頭が置かれていました。


そこからさらに東へ、明治天皇稜に向かいます。稜へは長くて急な階段を登っていきます。勿論、その右手には車の通れる迂回路があります。


230段をなんとか休まずに登れましたが、かなりきつかったです。上から見下ろすとちょっと怖いです。


天皇陵です。天皇陵が東京に築かれたのは大正天皇以降で、それまでの天皇陵は関西にあります。


天皇陵からは、大手筋を西へ向かい、御香宮神社へ行きました。この境内に湧き出る御香水は、日本名水百選に選ばれています。
表門です。この門は、1622年に伏見城の大手門を移築したもので、国の重要文化財です。


拝殿とその奥の本殿です。



大手筋商店街を抜けたところから北へ折れて、松本酒造へ向かいました。寛政3年創業の松本酒造は、大正11年建造の仕込蔵やレンガ煙突などの建物が今も使われていて、その横の菜の花畑とともによく知られています。今日は見学できると期待していたのですが、残念ながら中には入れず、外から眺めるだけでした。


大手筋を少し戻って、竹田街道を南へ、宇治川派流川岸に、坂本龍馬が逗留していた寺田屋があります。元の建物は、鳥羽伏見の戦で焼失し、その跡地は史跡庭園として保存されていて、その隣に明治時代に再建された旅籠が建っています。
寺田屋跡地と再建された旅籠です。



その先の、キザクラカッパカントリーを訪れ、見学と試飲をしました。


次に、月桂冠大倉記念館に行きました、ここも、見学は初めてです。明治42年建造の酒蔵を改造した記念館には、昔の酒造用具類が保存、展示されています。中庭のレンガ煙突です。


発酵樽と絞り器です。


展示されていた昔のポスターです。右は、昭和8年に作られたもので、当局のお咎めに会い、陽の目を見なかった幻のポスター、左は、昭和12年のものです。


見学を終えてから試飲です。大吟醸はじめ3種類を頂きました。全く飲めないNさんの分まで頂いて、ほろ酔い気分で濠川沿いに歩いてゴールの伏見港公園に向かいました。濠川沿いに並ぶ記念館の建物群です。


伏見港公園で昼食を摂り帰路につきました。今日は、晴れて穏やかな一日で、今まで素通りしていた大倉記念館などを見学でき、楽しく過ごしました。




電鉄ウォーキング | 06:55:34 | トラックバック(0) | コメント(10)
初詣:浄瑠璃寺と当尾の石仏めぐり
2016年1月2日(土)晴

新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

穏やかな正月の一日、昼から浄瑠璃寺に初詣のあと、当尾の石仏群をめぐって歩きました。 所要時間 2時間50分、歩行時間2時間20分、距離12Km。 GPS軌跡です



加茂駅近くの、南加茂台入口から当尾へ向かう府道へ入ります。少し歩いた先の右手、加茂町尻枝に向かう道に入ってしばらく歩くと、美しい田園風景が広がっています。


そのまま団地の縁にそって南西方向へ、林の中を歩いて行きます。



刈り取りの終わった田圃道を歩いて行き、加茂青少年山の家の前を通って、車の殆ど通らない舗装された道を登っていきます。


少し登ると左手の谷の向こうの大きな岩に掘られた磨崖仏が見えてきます。



放置されて荒れた竹林の中の道をさらに登ります。


登り切ったところの正面に、廃屋となった大きな家があります。立派な門の屋根がここを通るたびに沈んできていて、そのうち倒壊しそうです。裏には、大きな蔵もある大変立派な家ですが、人が住まなくなってだいぶ経っているようです。


そのすぐ先に、大門石仏群があります。


その先の墓地の外にも石仏が並んでいました。


少し歩いた先の、消防倉庫の奥に首切り地蔵が立っています。


少し歩くと、浄瑠璃寺へ向かう府道に出ます。その三叉路の正面に藪の中三尊があります。



府道を右手へ進むと浄瑠璃寺です。参道の入口に立つ古そうな案内石と山門です。



浄瑠璃寺は、宝池を中心に、東に薬師仏、西に九体の阿弥陀仏を配し、極楽世界をこの世に表わしていて、これらが平安時代のまま揃っている唯一の寺です。国宝三重塔と、三重塔の前から見た国宝の本堂です。間の宝地は残念ながらしゅんせつ工事中でちょっと見苦しいです。でも、あと少しで完成するようです。



本堂の前から見た三重塔


参拝を済ませ、浄瑠璃寺を出て、元来た道を少し戻ると右手に岩船寺へと続く山道があり、その入り口に愛宕灯籠が立っています。これは、江戸時代のもので、火難除け愛宕信仰のための灯籠です。ここでカメラの電池が切れたので、ここからは携帯で撮っています。


少し行ったところに、カラスの壺二尊があります。



しばらく荒れた竹林の中の道を登っていきます。


岩船寺へ向かう急な山道の入口がありますが、ここから登らずに先へ進むと、右手に三体のわらい仏が並んでいます。きれいに晴れていれば、ここから生駒山が見えるのですが、今日は霞んでいて何も見えません。



さらに進むと車の通る道に出ますが、その角の岩に弥勒磨崖仏が彫られています。



その道を渡ってすぐのところに岩船寺の裏を通る山道の入り口があり、そこから岩船寺に向かいます。少し行くと、三体地蔵が立っています。


林の中を進むと、左手に岩船寺の裏庭が見えてきます。



岩船寺の山門です。奥に重文の三重塔が見えます。


ここは、拝観料が要るので中へは入らずに右手の階段を登り、白山神社にお参りしてきました。ここの本殿は国の重文です。


ここから浄瑠璃寺方面への山道を下って行きます。 歩きにくい急な石段を降りて行くと、先ほど通った道に出て、同じ道を戻り、府道を岩船寺方面へ少し歩くと、左手に南加茂台方面へ続く細い林道の入り口があります。この道を少し行ったところに、干して古老柿を作る、鶴の子柿と思われる柿がいっぱい成っていました。色の少ない冬の山に映えてきれいでした。


しばらく下って行くと、鎌倉時代から続き、今も使われている千日墓地があります。墓地の外にも石仏が無造作に並んでいました。



墓地の入口の横に立っている十三重石塔は、鎌倉時代のもので国の重要文化財です。


その奥に最も古いと思われる墓石が並んでいました。


さらに下って行くと、お地蔵さんが並んでいました。


その先の三叉路に立っている道標です。九体寺は浄瑠璃寺の別名です。


しばらく川沿いに歩くと、行く時に通った道に出て、加茂駅方面へ戻ります。
この所、例年初歩きは浄瑠璃寺への初詣になっています。あとしばらくの間は、時間を見て、近くを歩く予定です。




個人的ウォーク | 07:07:00 | トラックバック(0) | コメント(0)

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