■プロフィール

Old Walker

Author:Old Walker
京都、奈良を中心に、関西地方をあちこち歩いています

■最新記事
■最新コメント
■全記事表示リンク
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■検索フォーム

■リンク
■カウンター

かぐや姫の里を訪ねて
8月29日 (土) 晴
王寺駅→大和川河川敷→馬見丘陵公園→馬見丘陵公園館→ナガレ山古墳→竹取公園→三吉石塚古墳→横峯公園→近鉄五位堂駅

神戸WAの例会に参加して、馬見丘陵公園・竹取公園に行きました。王寺駅の北、大和川河川敷でコース説明などのあと、160名余の参加者で10時20分に出発。 しばらく河川敷を歩きます。



しばらくして河川敷を離れて田んぼの中を南東方向へ。


さらに南東へ進み、近鉄田原本線の踏切を越えると間もなく河合町役場の前へ出ます。役場の入口には重厚な木造の門があり、平日は開いていてここから役場に続いているそうです。


ここは、この地方の名士の邸宅(豆山荘)だった所で、町に寄贈されて役場になったようです。 門から役場の建物までの間は旧豆山荘庭園の一部で、その後方の建物が役場です。



そのすぐ前が、馬見丘陵公園の入口です。 この奈良県立公園は、南北全長3 Kmに及ぶ広大なもので、よく整備されています。 サルスベリの花が満開でした。


公園館へと続く曲がりくねった道のまわりの花壇には、色とりどりの花が咲いていました。





公園館の前の広場で昼食休憩。 この公園のあたりには5世紀ころの古墳が多数ありその一部は復元されています。公演館内にはこれら古墳の模型や写真などが展示されています。


公園館のすぐ先に、ナガレ山古墳があります。 これは、5世紀前半に築造された全長105mの前方後円墳で、発掘調査のあと、10年の歳月をかけて復元されたもので、国の史跡に指定されています。



公園を出て少し歩くと竹取公園があります。 ここは、竹取翁とかぐや姫が住んでいたところという説があるそうです。 公園内は遊園地のようになっていて、子供たちの良い遊び場のようです。


少し行くと、円形の帆立貝式古墳である、三吉石塚古墳がありました。


横峯公園で休憩後、真美ヶ丘団地を通って五位堂駅でゴール。 
8月も終わりというのに、今日も暑い日でした。 最後尾で歩き始めて割にすぐバラけてきたので前へ出て行き友人と歩きました。休憩後もその繰り返しをしていました。 神戸の皆さんは、整然と歩いていて無理に割り込んでくる人もあまりなく、歩きやすかったです。




スポンサーサイト
ウォーキング協会例会 | 22:36:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
行基さん終焉の地を訪ねて
8月22日(土) 晴
JR奈良駅→法華寺→平城宮跡→菅原天満宮→西大寺→喜光寺→垂仁天皇陵→薬師寺→休ヶ岡八幡宮→郡山城→JR郡山城 (14Km)

今日も晴て暑い日でしたが、関歩協の例会に参加して奈良を歩きました。 10時過ぎに200名余りの参加者で奈良駅を出発し、国道を西へ、奈良市役所前から北に向かい法華寺の前を通りました。
法華寺は、741年に光明皇后が総国分尼寺として建立し、法華滅罪之寺と称したお寺です。




法華寺から真っ直ぐ西へ、平城宮跡で休憩。 


平城宮跡は土に埋もれて田になっていたのを、江戸時代後期ころから少しずつ発掘され、昭和27年に国の特別史跡に指定され、平成10年には世界遺産に登録されています。 大極殿と朱雀門は平城遷都1300年を記念して当時の姿に復元され、2010年に完成したものです。


大極殿の真南に朱雀門がありますが、そのすぐ前を近鉄奈良線が通っていて、朱雀門から大極殿に行くには踏切を渡らなくてはなりません。 特別史跡の中を電車が走っているのは、史跡指定のはるか以前から奈良線が走っていたためです。


東には若草山が綺麗に見えました。


さらに西へ向かい、西大寺の裏を廻って南へ進むと菅原八幡宮の前を通ります。このあたりは、菅家発祥の地で菅原道真誕生の地との言い伝えもあるそうです。


そのすぐ先の「行基さんのお寺」として知られる喜光寺で2回めの休憩。 ここは行基が721年に創建したお寺で、行基が奈良の大仏殿造営の際にここの本殿を参考にしたそうで、「試みの大仏殿」と呼ばれているそうです。また、蓮でも有名です。行基さんは、晩年喜光寺に住し、749年に82歳で亡くなったため、行基終焉の寺としても知られています。
南大門と喜光寺全景。



阪奈道路の陸橋を超えて更に南へ行き、垂仁天皇陵の前を通り、唐招提寺の横を素通りして、薬師寺へと向かいます。




薬師寺のすぐ前の薬師寺休ヶ岡八幡宮横で昼食休憩。



昼食後は、さらに南の郡山城へ向かいます。途中に、平城京の官営の市場で、流通と商業の中心であった西市跡の記念碑がありました。


少し行くと桜の名所として知られる郡山城です。
追手向櫓と堀を挟んで東隅櫓です。


追手向櫓とその右手にある追手門



天守閣は石垣のみで、それも現在修復工事中で見られませんが、その前に柳澤神社が建てられています。



郡山城で休憩後東へ向かい、外堀緑地でゴール。各自、近鉄かJRの郡山駅から帰りました。相変わらず暑い日でしたが、割にゆっくり歩いたので余り疲れませんでした。団体歩行は好きではないと言いながら、この所団体で歩いています。 後ろの方の空いているところを歩くほうが確かに楽ですね。







ウォーキング協会例会 | 22:28:49 | トラックバック(0) | コメント(0)
浄瑠璃寺
8月15日(土) 晴
浄瑠璃寺は京都府木津川市加茂町の南端、奈良市との境界近くにある、静かな素晴らしいお寺です。 国宝の本堂は、横に長く九体の阿弥陀如来を安置した、平安時代に多く建てられたスタイルですが、現存しているのは日本でもここだけです。他にも、三重塔、九体阿弥陀如来像、四天王像が国宝に指定されています。
ところが、この浄瑠璃寺のすぐ南に奈良市が新しいゴミ焼却場の建設を計画していて、当尾の素晴らしい環境が破壊されるのではないかと危惧されています。奈良市にとっては北の外れですが、木津川市にとっては平安時代から守られてきたかけがえのない美しいところです。浄瑠璃寺、岩船寺など関係寺院からの計画見直しの申し入れに対し、奈良市はその考えがないと回答しています。そこで、瀬戸内寂聴さんはじめ多くの文化人などが呼びかけ人になり、計画反対の署名活動を続けています(浄瑠璃寺と当尾の里をまもる会 http://save-joruriji.org/) 。

この浄瑠璃寺は、自宅から5kmほどのところにあって、何十回となく訪れていますが、今日も良い天気なので朝の涼しい間に歩いて行きました。加茂駅からほど近い南加茂台の東を進むと美しい里山の風景が広がっています。


この辺りにも、最近猿の群れが出没して田畑を荒らすので、電柵の付いた高いフェンスで田畑を囲っています。


田圃道を抜けると山道に入ります。 ここの低い電柵はイノシシよけです。


当尾一帯は、石仏の里として知られていますが、このすぐ先にも石仏群があります。


ここからしばらく急な山道を登ります。


登り切ったところに、この辺りで最も古く鎌倉時代から続いていて、今も使われている千日墓地があります。


墓地の入り口に建つ十三重石塔は鎌倉時代のもので、国の重要文化財に指定されています。重文が山の中で野ざらしになっているというのも、なにか不思議な気がします。


山道をしばらく歩くと、浄瑠璃寺と岩船寺を結ぶバス道に出ます。


少し先を左手に入ると、石仏を訪ねながら岩船寺に至る山道です。


バス道をさらに浄瑠璃寺へと向かうと、左手に1262年彫刻の銘がある「やぶの中三尊」と呼ばれる石仏があります。


間もなく浄瑠璃寺です。参道と山門。



三重塔の前から池の向こうに望む本堂。


本堂の前から見た池と三重塔。池は、しゅんせつ工事中でちょっと見苦しいのが残念です。


浄瑠璃寺を出て元の道を少し戻り、やぶの中三尊の前から青少年の家に向かって下ると、火の見櫓の奥に当尾の在銘石仏では最も古い首切り地蔵があります。 名前の由来は、処刑場にあったからとも言われています。


その先には多くの石仏が扇状に並んだ大門石仏群があります。



さらに下ると、谷の向こう側の崖に彫られた高さ2.6mの仏谷 阿弥陀磨崖仏が見えます。


青少年の家を過ぎると間もなく田園風景が北に向かって開けています。画面中央から右端に広がる小高い丘の上は、2200戸の戸建住宅からなる大団地です。


この岡の縁にそって東に向かうと、最初に通った道に出て加茂駅へと続きます。途中、団地のすぐ近くには手入れの行き届いた竹林があります。


この辺りも筍の産地ですが、良く手入れされている竹林はむしろ少なく、筍の収穫はするけれと半放置状態のものや、完全に放置された竹林があちこちに見られ、竹がまわりの里山を侵食しています。



また、最近ナラ枯れがひどくなり、広葉樹林が秋でもないのに紅葉したように見えます。


美しい里山の風景に魅せられて、この地を終の棲家と決めて移り住んだのですが、今では少なくなった美しい日本の里山がさらに少しずつ壊されているようで残念です。




個人的ウォーク | 20:37:41 | トラックバック(0) | コメント(0)
梅花藻を求めて醒ヶ井の宿へ
8月8日(土) 晴
米原駅→番場宿→天神水→西行水→醒ヶ井宿→居醒の清水→加茂神社→醒ヶ井駅(13Km)

J落零(JOC)の例会に参加して、醒ヶ井へ行きました。朝から暑い日でしたが、琵琶湖北部は少し気温が低く、風もあって京都や大阪よりはまだましでした。60名ほどの参加者で10時20分に米原駅を出発しました。
米原駅東口には、米原湊跡の石碑があり、説明書きによると、1603年に開削により開港したそうで、当時はここまで琵琶湖の水が来ていたようです。



米原は北陸道の宿場町として栄え、その後は鉄道の乗換駅として知られていますが、駅を降りたのは初めてです。駅前は意外と閑散としていて、町も人影も少なく静かな街でした。しばらく歩くと、北陸道と中山道の分岐点があり、中山道をしばらく行くと番場宿に出ました。



番場宿を抜けて、木陰が涼しい中山道を進みます。



しばらく歩いて、中山道117番目、久禮の一里塚の石碑がありました。


醒ヶ井周辺は有数の湧水地帯で、その一つ天神水を見に、中山道を外れて東に向かいました。天神水の湧き水は直接池に注いでいて、水は澄んで冷たく、そのせいかあたりはだいぶ涼しく、ここでしばらく休憩しました。



そこから醒ヶ井宿へ向かう途中に、西行法師ゆかりの西行水があります。


醒ヶ井宿に到着。


醒ヶ井宿を流れる地蔵川は、梅花藻の生育に適した水温15度前後の静水が年中流れていて、一面に梅花藻が生えています。夏には、梅の花に似た小さな花を一面に咲かせ、観光客で賑わっています。




地蔵川の上流の居醒の清水は、加茂神社に湧き出る名水で、「古事記」や「日本書紀」にも登場し、日本武尊が伊吹山の荒ぶる神と戦って傷ついた体の毒を洗い流した霊水とも伝えられています。環境省の平成の名水百選に選ばれています。 


加茂神社


醒ヶ井駅へ向かう途中に、旧醒ヶ井郵便局舎がありました。この局舎は、1915年にヴォーリズの設計により建築されたもので、趣きのある建物です。


そのすぐ先には、明治26年に建てられた醒ヶ井小学校の玄関を移築した立派な建物がありました。


ゴールの醒ヶ井駅では、冷やしたスイカを頂き、汗でびっしょりのシャツを着替えて帰りました。今日は少人数で混みあうこともなく、景色を楽しみながら歩きました。 



ウォーキング協会例会 | 22:46:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
[世界一」(明石海峡大橋)と潮風
8月1日(土) 晴
垂水駅→恋人岬→マリンピア神戸→アジュール舞子→舞子公園→明石海峡大橋海上プロムナード→舞子駅
「いーウォーク」の例会に初めて参加しました。今日のコースは、「世界一」のみちとして今までに99回開催されていて、今日が100回目だそうで、予定表をよくみると、今年になってすでに5回開催されていました。同じコースで100回も開催するとは驚きです。 受付で100回記念の抽選があって、箱入りの昭栄堂の神戸クッキーが当たりました。
今日は暑いのでゆっくり歩くということで、10時20分に垂水駅を出発し、50人ほどの参加者で海岸に向かってのんびり歩いて行きました。途中、涼しいからと冷房の効いたショッピングモールの中を通り抜け、垂水年金会館の中で休憩と、ちょっと他のウォーキングとは違っていました。
海岸は風もあり気温も30度前後で涼しく、遠くに明石海峡大橋を眺めながら歩いて恋人岬に着きました。



恋人岬では、スタッフがリュックから鐘を取り出して吊るし、順番に鳴らしていました。毎回同じことをしてきたそうです。


少し歩くと垂水漁港で、いかなごなどはここで穫れるようです。 直売所の中で涼みながら休憩。


そのすぐ隣がマリンピア神戸で、ここでもアウトレットモールの中をぞろぞろと歩いて行きました。少人数だからできることですが、ちょっと場違いな感じがしました。



それに続くアジュール舞子は、明石海峡大橋を間近に見ながら海岸を歩きます。



舞子公園で昼食休憩後、予定では舞子トンネル南抗口へ行くことになっていましたが、暑いので省略して大橋の橋台の上、海面からの高さ47mの遊歩道、海上プロムナードに直行しました。プロムナードの入口と橋の上から見た舞子公園です。



プロムナードからは、橋の構造がよく見えます。

 


その後、山側の道を通って垂水駅に戻るのですが、歩くペースが遅く、時間がかかりそうなので、ここで本隊と分かれて、舞子公園の孫文記念館と旧武藤山治邸を見学して、舞子駅から帰りました。
孫文記念館です。


鐘ヶ淵紡績社長であった武藤山治が明治40年に建てた洋館の海側の外観と食堂、広間です。




いーウォークには初めて参加しましたが、他の協会とはスタイルがちょっと違うようでした。




ウォーキング協会例会 | 22:41:35 | トラックバック(0) | コメント(0)

FC2Ad