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Author:Old Walker
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新緑の六甲越え 六甲ケーブル下駅から有馬温泉へ

5月1日(火)晴時々曇


六甲道駅=六甲ケーブル下駅→油コブシ道→全山縦走路→みよし観音→六甲ガーデンテラス→六甲最高峰→魚屋道→有馬泉源公園→金の湯→有馬温泉駅(15Km)

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新緑の美しい季節、私には初めての六甲山を、いつもの仲間5人で歩きに行きました。今日の案内人は、六甲全山縦走を何度も経験していて、六甲山を知り尽くしている若い二人です。高齢者3人の体力などを考えて、歩きやすいコースを考えてもらいました。
JR六甲道駅からバスで六甲ケーブル下まで移動して、8時30分に油コブシ道を登り始めました。
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林の中をゆっくり登っていく道ですが、階段が多いです。
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油コブシ(h626m)には、岩の間に三等三角点がありました。
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寒天山道との分岐点です。
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ケーブル山上駅近くの車道に出ました。しばらく車道を歩いてガーデンテラスに向かいます。
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詳しい道標がありました。
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新緑がきれいです。
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しばらく全山縦走路を歩いていきます。
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みよし観音です。この観音は、1964年の航空機事故で、乗客救出中に殉職したスチュワーデスをたたえて建てられたものです。
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石切道(右)との分岐点です。「御影石」は、このあたりで切り出されて、御影浜から出荷されていたそうです。
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ガーデンテラスに着きました。見晴らしの良いところですが、黄砂なのか霞んでいて大阪湾などはかすかに見える程度でした。11時で少し早いですが、霞んだ下界を眺めながらここで昼食を摂りました。
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目の前には、アンテナが立ち並んでいました。
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ここから縦走路を通って六甲山最高峰へと向かいます。
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標高931mの六甲山最高峰に到着です。
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一等三角点は、大きな岩の上のプレートにありました。
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今通って来たガーデンテラス前のアンテナ群が霞んで見えます。
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魚屋道を通って有馬温泉へと下って行きます。
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小石がゴロゴロ転がっている、「太陽と緑の道」という急な坂道が続きます。
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温泉街までの中間地点を通過です。
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丁度1時間で登山口に着きました。
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このあたりでは、かつて温泉が湧き炭酸ガスが発生していて、鳥や虫が死んだため鳥地獄、虫地獄などと呼ばれていたそうで、石柱には「とりちこくたんさん水」と書かれていて、その横には小さな祠がありました。
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その少し先に炭酸泉源がありました。飲んでみると、確かに炭酸水の味でした。
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聖徳太子の開基と伝わる極楽寺です。
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赤茶色の金泉の泉源・御所泉源です。
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この後、金の湯で疲れを癒やしてから、電車で帰宅の途に着きました。
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金の湯までの所要時間5時間50分、歩行時間3時間46分、歩行距離14.5Kmでした。
六甲山は自宅から遠いので、ベテランの2人から何度も誘われながらいつも避けていて、今までほとんど歩いたことがなかったのですが、今日は、新緑の美しいを六甲山を、親切な案内で楽しく堪能しました。六甲山は、思っていた以上に高い山でしたが、比較的楽に登れました。多彩な山歩きのコースがあるようなので、また行ってみたいと思っています。今日は、案内人のお二人にすっかりお世話になりました。



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トレッキング | 11:12:00 | コメント(2)
京都トレイル 比叡山コース

4月28日(土)晴


出町柳駅→浄土寺橋→地龍大明神→瓜生山→石鳥居→水飲対陣跡碑→ケーブル比叡→スキー場跡→浄土院→西塔→玉体杉→横高山(h767m)→水井山(h791m)→仰木峠→ボーイスカウト道→戸寺バス停(20Km)

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連休初日、いつもの仲間5人で京都トレイルを浄土寺橋から大原戸寺まで歩いてきました。比叡山までは一度歩いたことがありますが、その先は初めてです。
出町柳駅を8時7分に出発して、比叡山コースの起点である浄土寺橋へ向かいました。東山52-1を8時32分にスタートし、北白川の住宅地を抜けていきます。
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バプテスト病院横から山道に入り、瓜生山へと登っていきます。
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間もなく地龍大明神です。この神社は、山祇神社の分社で、瓜生山の主神だそうです。
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しばらく登っていくと、東山三十六峰の七番・茶山に着きました。
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黄砂なのか、だいぶ霞んでいましたが、木の間から北白川方面が見えました。
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石切場跡です。ここから切り出して、運び出すのは大変だっただろうと思います。
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瓜生山頂に着きました。室町時代には、ここに城が築かれていたそうです。山頂には、小さなお堂が建っています。
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お堂の裏には、勝軍地蔵が置かれていた石室が残されています。
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昨日の雨で少し荒れた山道を登っていきます。
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眺望が開けて、岩倉方面?が見えます。遠くの山中に市原のクリーンセンターが見えています。
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ヤマフジの花が咲いていました。
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歩きやすい、少し広い道に出ました。
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石鳥居に着きました。
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少し休憩して、ここから雲母坂へと下っていきます。
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音羽川を渡ります。
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川を超えてまた登っていくと、雲母坂との合流地点、水飲対陣跡に出ました。石碑の文字が以前ははっきり読めたのですが、苔が生えたりして読みにくくなっています。
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東山コースの最後、ケーブル比叡に到着です。眼下には、宝ヶ池方面が見えています。
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人工スキー場跡です。5年くらい前までは、朽ちかけた貸しスキー店などの建物や、リフトの支柱が残っていたのですが、これらはすっかりなくなっていました。
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延暦寺西塔へと向かいます。
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つつじヶ丘展望台に出ました。ツツジはまだ咲き始めで、大部分が蕾のようです。
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これから登る横高山と、その先遠くに比良山が見えていました。
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展望台に並んでいる石仏です。ここは「北山4」です。
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暫く歩くと、鎮護国家の碑がたっています。この碑は、昭和5年に建てられたもので、仏教により国家を守護するという思想を表し、比叡山を開いた伝教大師最澄の考えでもあったそうです。この横の道を下ると八瀬に出ます。
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奥比叡ドライブウェイの上を越えて西塔に向かいます。
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伝教大師の御廟がある浄土院です。
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西塔の駐車場では、丁度今日から6日まで「さくら祭」が開催されていました。今年は、ここでも桜は早かったようで、殆ど散っていました。無料の抽選が有り、慈鎮和尚の歌が書かれた、書家・川瀬みゆきデザインの扇子が当たりました。
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椿堂です。
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修行のお堂である、にない堂です。
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西塔の本堂である、釈迦堂です。
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仰木峠まで5.6Kmです。
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玉体杉に着きました。この道は、回峰行者が通る行者道です。
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今通ってきた、比叡山がだいぶ遠くになりました。
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いよいよ横高山への急な登りに差し掛かりました。
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木の根っこが出ている、歩きにくい急な道です。
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横高山(h767m)に着きました。短い距離ですが、急坂でしんどかったです。
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一旦下って、また水井山への急坂を登っていきます。
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京都トレイルの最高峰、水井山(h794m)にやっと着いて、しばらく休憩です。
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仰木峠へと下ってきました。
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ここからは、ボーイスカウト道の長い急な坂を一気に下っていきます。
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この道は旧若狭街道で、鯖などを京都へ運んだ幹線だったようです。
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やっと登山口・北山22に下りてきました。
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今日のゴール、戸寺バス停はそのすぐ先で、16時41分に着きました。
所要時間8時間34分、歩行時間5時間1分、歩行距離19.5Kmでした。
今日は天気も良く、気温もそれほど上がらず、歩きやすい気候でしたが、急坂のアップダウンが激しく、最後はバテ気味でやっとゴールにたどり着いた感じでした。でも、いつもの仲間と休憩を取りながら、ゆっくりと賑やかに楽しく歩きました。次回は、1日に同じメンバーで六甲山を歩く予定です。



トレッキング | 09:40:32 | コメント(2)
岐阜・金華山
4月10日(火)晴

(JR岐阜駅=)岐阜公園→ロープウェイ山麓駅→瞑想の小径登山道→山頂・岐阜城(h329m)→ロープウェイ山頂駅→七曲登山道→岐阜公園→長良橋→川原町→岐阜公園(=JR岐阜駅)(7Km)

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晴天で暖かく穏やかな一日、最後の18切符を使って岐阜へ行ってきました。東海道線の電車から、金華山と山頂の岐阜城がよく見えますが、岐阜の街は訪れたことがなく、以前から一度行ってみたいと思っていました。岐阜駅に着いたら12時で、駅前で昼食を済ませ、時間があまりないのでバスで岐阜公園に向かいました。岐阜駅前には、金ピカの信長像がそびえていました。
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岐阜公園は、良く整備された美しい公園です。
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この公園は、この地にあった神道中教院で演説を終えた板垣退助が襲われた、いわゆる岐阜事件の現場で、板垣退助の銅像が立っていました。ただ、「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだということについては、諸説あり、内藤魯一が事件時に叫んだ言葉だとか、実際には土佐弁で叫んだとか、「痛い、医者を呼んでくれ」と言ったという説もあるそうです。
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白藤が満開でした。
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ロープウェイ乗り場前の八重桜も満開で綺麗でした。
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金華山には多数の登山道がありますが、その中でよく利用されている瞑想の小径から登り、七曲登山道で下りることにしました。ロープウェイ乗り場横から登ります。案内板が整備されていますが、後半は急坂できついと書いてありました。
1804-07-金華山-IMG_3906 説明 1804-08-金華山-IMG_3907 
最初は普通の山道です。全長2300mあります。
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少し登ると、一番急で距離の短い馬の背登山道との分岐点に出ます。馬の背の入口には、噂に聞く「老人には無理」の看板がありました。老人や幼児にも色々あると思うのですが、一律「無理」と言われると、無理かどうか行ってみようと思ってしまいます。でも、今日はまほろばの疲れが残っていて、登山靴も履いてこなかったので、急坂の岩場は敬遠して、そのまま瞑想の小径を登ります。
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瞑想の小径も後半は急な階段や岩場になってきて、休み休みゆっくり登ります。この道が、なぜ「瞑想の小径」なのか分かりませんが、とても瞑想などしてられない急坂です。
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所々で視界が開けて、岐阜の街が一望できます。
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やっと山頂(h329m)のお城の前に到着です。ゆっくり登ったので、1時間15分もかかりました。
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金華山頂に建っている岐阜城は、鎌倉時代に築かれたのが最初で、後に織田信長が天下統一の本拠地にしたことで有名ですが、1600年に落城し、廃城となりました。現在の城は、昭和31年に鉄筋コンクリートで再建されたもので、中は資料館で、最上階は展望台になっています。70歳以上は入場無料とのことで、ありがたくただで見学してきました。入口横に櫓時計の複製品が置かれていました。
1804-16-金華山-IMG_3932 1804-17-金華山-IMG_3931 説明 
岐阜城の由来書です。
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金華山はまわりに高い山などがなく、山頂の城からは四方が見渡せて、長良川や岐阜の街がよく見えました。ただ、残念ながら霞んでいて、遠くのアルプスの山並みなどは殆ど見えませんが、肉眼では雪を被った山がかすかに見えていました。
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お城から、階段の道を降っていくと、ロープウェイ山頂駅とその向かいにあるリス村の前に出ました。
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リス村の左手に七曲登山道の下山口があります。この道は、岐阜城の大手道だったというだけあって、道も広くてなだらかな坂道でした。
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快調に下りていくと、27分で岐阜公園に着きました。
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振り返ると、お城が小さく見えました。
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古い町並みが残っているという、長良川近くの川原町を見に行きました。
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長良橋横には、鵜飼観覧船乗り場がありました。
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川原町の町並みです。銀行のATMも町並みに合わせてありました。
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この後、岐阜公園前からバスで駅に向かい、帰宅の途に着きました。各停電車で帰ると3時間半ほどかかります。
金華山は、町の真ん中にありながら、様々な登山道が整備されていて、良いところでした。もう少し時間があれば、ゆっくり見て回れるところですが、18切符で日帰りとなるとあまり時間がなく、少し急ぎ足の観光でした。時間があれば、犬山城にも行ってみたいところですが、こちらは次回に残しておきます。




トレッキング | 19:00:00 | コメント(0)
山を登る会 第987回 柳生街道
2月25日(土)曇

近鉄奈良駅→滝坂の道→首切地蔵→峠の茶屋→円成寺→夜支布山口神社→南明寺→阪原峠→疱瘡地蔵→柳生の里→阿対の石仏→笠置山→笠置駅(23Km)


1802-00a-柳生街道-軌跡 1802-00b-柳生街道-高度

山を登る会に参加して、柳生街道を歩いてきました。柳生街道は、奈良市街地から柳生まで通じる古道で、沿道に誓多林(せたりん)、忍辱山(にんにくせん)など、インドの聖地に見立てた仏教由来の地名が今でも残っていることから、奈良・平安時代には既に山岳仏教の道場となっていたと考えられています。
9時少し前に、近鉄奈良駅に着くと、地下の改札前に大勢の人が集まっていました。
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コース説明などのあと、参加者88名で9時12分に出発し、行基像の前を通り奈良公園へと向かいます。
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曇り空のもと、興福寺の境内を抜けていきます。
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餌をねだる鹿の脇を歩いていきました。
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滝坂の道に入り、緩やかな坂を登っていきます。
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江戸時代に敷かれたという石畳の道がしばらく続きます。荷車によって削られた轍の跡が残っています。
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しばらく登っていくと、左手の崖に彫られた夕日観音、その少し先に朝日観音があります。
1802-07-柳生街道-IMG_3077 1802-08-柳生街道-IMG_3080 1802-09-柳生街道-IMG_3079説明 

この道は、東海自然歩道に指定されていて、道標が所々にあってわかりやすいです。
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首切地蔵の前にある、木板に彫られた案内板です。
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首切地蔵です。
1802-12-柳生街道-IMG_3083 1802-13-柳生街道-IMG_3084説明 

さらに峠の茶屋まで登っていきました。緩やかな上り坂でそれほど高くまで登った気がしないのですが、GPSの高度を見ると、100m から480m まで標高差380mを登っていました。しばらくアップダウンのある檜林の道を進んでいきます。
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東海自然歩道の道標のある辺りが、今日の最高地点489mでした。
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林の中を下っていきます。
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忍辱山(にんにくせん)円成寺に11時46分着き、この池の畔で昼食を摂りました。「忍辱」とは、菩薩の修行すべき六つの徳目をあらわす菩薩行六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)のひとつで、いかなる身心の苦悩をも耐え忍ぶというということを意味しているそうです。
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しばらく下っていくと、大柳生の里に出ます。
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大柳生の里を見渡す高台に立つ、夜支布(やぎう)山口神社です。
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大柳生盆地を眺めながら歩いていきます。
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道端に水木古墳がありました。
1802-21-柳生街道-IMG_3097 1802-22-柳生街道-IMG_3098説明 
鎌倉時代に建立されたという、南明寺です。今は、本堂だけが残っています。
1802-23-柳生街道-IMG_3099 1802-24-柳生街道-IMG_3100説明 

柳生城主の柳生宗矩の側室となった村娘・お藤の逸話が残る「おふじの井戸」です。
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この井戸を過ぎたあたりから、阪原峠(かえりばさとうげ)へと登る激坂が続きます。この登りはきつかったです。
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標高364mの阪原峠を超えると、倒木の多い激坂の下りです。
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下りきった所に疱瘡地蔵がありました。
1802-28-柳生街道-IMG_3108 1802-29-柳生街道-IMG_3106説明 

柳生の里の案内図がありました。
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八坂神社です。
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笠置への道の道標が出てきました。
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柳生藩家老屋敷です。門と母屋です。
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屋敷は立派な石垣の上に建っていて、外からは見えません。
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舗装道路を外れて、阿対の石仏への山道を行きます。
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阿対(あたや)の石仏です。
1802-37-柳生街道-IMG_3127 1802-38-柳生街道-IMG_3128説明 

再び舗装道路へ戻ったあと、笠置山への道に入り登っていきます。
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頂上近くにある、1890年創業の料理旅館[松本亭」の前へ出ました。
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その前に案内板がありました。
1802-41-柳生街道-IMG_3132案内板 
急坂を下って行き、登山口に出ました。ここから駅まではすぐです。
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15時13分に笠置駅に着きました。関西線の列車は1時間に1本で、15時28分の列車に乗って帰宅しました。先頭集団は、1時間前の列車で帰ったようです。
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所要時間6時間丁度、歩行時間5時間8分、歩行距離23.1Kmでした。
今日は、一日中薄曇で、山の中は5℃くらいで寒かったですが、里へ降りてくると10℃くらいになり、歩きやすかったです。滝坂の道は何度も歩いていますが、柳生まで歩くのは初めてです。思っていたよりずっとアップダウンが激しく、柳生の里への最後の峠越えは、道はよく整備されていましたが、びっくりするほどの激坂でした。矢貼の他に東海自然歩道と柳生街道の道標がしっかりしていて、道に迷うことはなくゴールに着きました。スタッフの皆さん、ありがとうございました。




トレッキング | 09:50:00 | コメント(4)
山を登る会 第980回 大和三山
1月7日(日)曇

大和八木駅→耳成山→醍醐池→藤原宮跡→香久山→本薬師寺跡→畝傍御陵前駅→若桜友苑→畝傍山→橿原神宮→橿原神宮前駅(14Km)

1801-00a-大和三山-軌跡
1801-00b-大和三山-高度

山を登る会としては珍しく殆どが平坦地で、山と言っても一番高い畝傍山が標高199mという低山巡りです。大和三山は今まで何度か歩いたことがありますが、いつもと多少は違った道を歩くかなという期待を持って参加しました。
今日も曇り空で寒い一日でしたが、風がなく昨日よりは少し気温も高い感じで、歩きやすいでした。9時の集合時間に合わせて八木駅に行きました。
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何処かで電車が遅れているとかで、しばらく待ってスタートは9時23分でした。まず、耳成山へと向かいます。
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登山口です。
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登山道は、耳成山口神社の参道になっています。
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山口神社の拝殿とその奥の本殿です。この神社は、大和国の山口社六社のうちの1社です。
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山頂(h139m) には三角点があります。
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下りは違うルートを通ります。。
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藤原宮跡を横切っていきます。
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耳成山と、遠くに二上山、葛城山、金剛山が見えます。
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香久山の登山口に着きました。
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歩きやすい登山道です。
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山頂(h152m) には、国常立神社があります。
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山頂からの眺めです。
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万葉の森に向かって下りていきました。
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本薬師寺跡のホテイアオイ畑です。きれいに耕されていました。満開になると、下の写真(昨年9月撮影)のようになります。
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本薬師寺跡の礎石と石碑です。
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畝傍御陵前駅を地下道を通って抜けていきます。
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橿原神宮の神域に入り、戦没者慰霊碑の立つ若桜友苑で昼食休憩です。
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この奥の登山道から畝傍山に登ります。この道は初めてです。
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かなり険しい山道で、滑りやすい岩場もありました。畝傍山にこのような登山道があるとは、ちょっと驚きです。
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山頂(h199m) に、畝傍山口神社の社殿跡碑が立っていました。
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三角点もあります。
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下りはおなじみの歩きやすい登山道で、橿原神宮の参道に出ます。
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神宮の拝殿です。参拝客が結構多いです。
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神宮前駅に、先頭に30分遅れて13時01分に着きました。
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所要時間3時間38分、歩行時間2時間58分、歩行距離14.1Kmでした。
大和三山は久しぶりです。畝傍山だけが登山の感じでしたが、あとはおなじみの道でした。小さな神社が沢山あり、順に参拝してきました。




トレッキング | 14:31:42 | コメント(4)
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