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Old Walker

Author:Old Walker
京都、奈良を中心に、関西地方をあちこち歩いています

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海住山寺
6月24日(土)曇

加茂駅→恭仁大橋→恭仁宮跡→加茂神社→デ・レーケ堰堤→加茂神社→海住山寺→瓶原→恭仁大橋→加茂駅(10Km)

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1706-00b-海住山寺-高度

ここ数週間、都合でウォーキング等に出かけられていませんが、今日は、昼から近くの海住山寺(かいじゅうせんじ)へ行くことにしました。一般には車道を登っていくようですが、ちょっと分かりにくいのですが、別に登山道があります。
自宅を出て、加茂駅前を13時27分に通過、恭仁大橋へ向かいました。加茂駅前(東側)です。
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恭仁大橋から見た、木津川上流と下流です。
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橋を渡った所に、大伴家持の恭仁京を讃える万葉集の歌碑があります。
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その先を左手の細い道に入り、瓶原(みかのはら)の田圃の中の道を北へと進み、国道の下をくぐって恭仁宮跡へと向かいます。
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恭仁京は、奈良時代(740年)に聖武天皇によって、平城京から遷都され、大極殿などが平城京から移築されましたが、4年余りで難波宮に遷都されたという、短命の都です。その後、大極殿は山城国分寺の金堂として再利用されています。国分寺の七重塔の基壇跡だけが残っています。
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大極殿跡の一部には、恭仁小学校が建っていて、学校の敷地内に「大極殿跡」の石碑が立てられています。恭仁京跡が発掘される前に小学校が建ったようで、一帯が国の史跡に指定されたため、校舎の建て替えができずに昭和初期の建物を耐震補強などしながら今も使っています。
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小学校の裏には、大極殿の礎石の一部が残っています。
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北に見える山(海住山)の中腹に、海住山寺があります。
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大極殿跡の北は、天皇の住居である内裏があったと考えられています。
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さらに北へ行ったところにある、案内板です。海住山寺とある右の道は、車道へ続きます。分かりにくいですが、登山道は左のデ・レーケ堰堤とある方です。
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山手に入っていくと、このような案内板がありました。
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山道を進みます。
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小さな加茂神社です。登山道は、この前を右手に登っていきます。
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案内がないので分かりにくいですが、左手の荒れた道を少し入っていくとデ・レーケ堰堤があります。
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デ・レーケ堰堤です。デ・レーケは、明治6年に御雇工師として招かれたオランダ人技師で、日本各地で砂防や治山工事を指揮して、堤防や堰堤を築いていて、現存するものも多くあります。何故、加茂の山中にデ・レーケが堰堤を築いたのかは分かりませんが、今は全く使われていなくて、荒れるに任せているようです。数年前に来たときには、まだきれいな石積みの全貌が見えていて、こんなに荒れていなかったのですが、貴重な遺構としてもう少し手入れできないものかと思います。
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その先にも道が続いているので、少し行ってみると倒木などで覆われていて、途中で道がなくなっていました。
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加茂神社まで引き返して、右手の登山道へ入ります。雑木林の中の気持ちのよい道が続きます。
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15分ほどで海住山寺境内への道との分岐に着きました。境内に入るには、入山料100円が必要です。このまま真っ直ぐ行くと、境内を迂回できます。
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すぐ横に、罠が仕掛けてありました。猪や鹿が出るようです。
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境内への道です。
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境内へと続く階段を登っていきます。
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海住山寺本堂(重文)です。海住山寺は、奈良時代、恭仁京造営に先立って、工事の平安を祈るため海住山中腹に建てられのがその起源で、その後廃れた後、鎌倉時代に貞慶によって中興されたものです。現存の建物は、その頃のものです。
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国宝の五重塔です。鎌倉時代のもので、総高17.7mと、室生寺に次いで小さい塔で大変美しい姿をしています。年に一度、秋に内部が公開され、拝観に行きましたが、初重の内陣は厨子風に造られ、8枚の扉に一体ずつ、華麗な彩色で梵天・帝釈天などの天部や比丘像が美しく描かれていています。
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重文の文殊堂です。
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本堂横に「持ち上げ大師」というものがあり、持ち上げて願を掛けると叶うそうで、持ち上げてみましたが、10Kg足らずくらいで、思ったほど重くはなかったです。
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その前の道を登っていくと広場に出ます。眺望が開けて加茂の街がよく見えました。この右手の道から、三上山(さんじょうさん)や神童寺へ行くことができます。
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帰りは車道を下りることにしました。少し下った所にある山門です。
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車道は、コンクリート舗装の大変急な坂で、ヘアピンカーブの連続ですが、あっという間に下りられます。
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このあとは、瓶原を通って、来た道を加茂駅前まで戻りました(15時53分着)。
所要時間2時間25分、歩行時間1時間56分、歩行距離9.2Kmでした。久しぶりに山歩きをちょっぴり楽しみました。
余談ですが、「山」を「せん」と読むのは、関西では珍しいですね。鳥取、島根、岡山県北部には、大山、蒜山、弥山(鳥取、島根、山口、広島の他、奈良にもあるようです)などたくさんあります。全国の「せん」と読む山を調べた人があって、全部で70あまりあるそうで、その大半が上記3県に集中していて、一部佐渡と隠岐にもあるそうです。どうも渡来人に関係しているらしいです。







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個人的ウォーク | 11:11:21 | コメント(2)
当尾から笠置へ

1月21日(土)曇り時々晴れ

(自宅)→南加茂台1丁目→千日墓地→石仏の道→カラスの壺二尊→わらい仏→弥勒磨崖仏→府道33号線→笠置いこいの館→JR笠置駅(16Km)

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今日もまた自宅近くを歩いてきました。比較的穏やかなウォーキング日和で、当尾の石仏を見ながら、岩船寺近くから府道33号線で笠置へ行き、温泉でくつろいでで列車で帰りました。
加茂から笠置へはまっすぐ行けば近いのですが、国道以外に直通ルートがありません。以前、団体で関西線近くの山田を通って笠置へ行ったことがありますが、、ややこしいルートで、一人では行けそうにないので、だいぶ遠回りですが、岩船寺近くから府道を通っていく、わかりやすいルートを取りました。
途中までは、前回と同じで千日墓地を通る山越えの道で府道47号線に出て、岩船寺への「石仏の道」に入ります。三叉路に入った所に道標と変わっった形のあたご燈籠があります。当尾ではお正月にここからおけら火を採り雑煮を炊く風習があったそうです。
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杉林の道を行きます。
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少し行くと、カラスの壺二尊が道沿いに立っていました。正面に阿弥陀如来坐像があり、地蔵菩薩立像は、岩の左横に掘ってあり、ちょとわかりにくいです。
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1701-05-笠置-IMG_1434カラスの壺説明

しばらく歩くと、「唐臼のつぼ」という真ん中に穴の開いた大きな石かあります。何かの建物の礎石ではないかと言われていますが、なぜここにあるのか不思議です。
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しばらく山道を歩きます。
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岩船寺へ向かう階段の道です。ここへは登らないでさらにまっすぐ行きます。
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すぐ先に、眠り仏と笑い仏があります。眠り仏は、半身が土に埋もれて眠っているようです。
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笑い仏は、永仁7年(1299)の銘文があり、当尾の代表的な石仏です。
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1701-11-笠置-IMG_1444 わらい仏説明

暫く歩くと、府道に出ますが、その三叉路に弥勒磨崖仏があります。線刻画ですがちょっとわかりにくいです。
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1701-13-笠置-IMG_1449 弥勒磨崖仏説明

この向かいから、岩船寺の裏を回っていく道がありますが、そちらへは行かずに府道を行きます。
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道沿いにあった、九頭神社です。
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小川に沿って府道33号線を北へ向かいます。ゴミ処理場があるようで、ゴミを積んだトラックが盛んに通ります。特に見るものもなく、単調な道を先へ急ぎます。
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京都と奈良の県境です。
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京都側に入ってすぐの所に、石仏群がありましたが、何も説明がないのでどういうものかわかりません。
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京都側に入ると、人家もほとんど無く、府道が狭くなり、川も自然のままで、車も急に少なくなって気持ちよく歩ける道になりました。
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笠置近くに、コウモリ博物館がありましたが、中へは入りませんでした。
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今日の目的地、笠置駅近くの、笠置いこいの館に着きました。ここの食堂で昼食を摂り、温泉に入りました。ここの露天風呂は、庭のようになっていて、浴槽は庭の池の様な感じで、とてもここち良いです。
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笠置駅前には、笠置合戦の様子を表した人形群があります。
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1701-24-笠置-IMG-1468 説明

加茂から亀山までの関西線は、まだ電化されていなくて関西では珍しい、ワンマンのディーゼルカーが走っています。

歩行距離16.1Km, 歩行時間2時間54分でした。





個人的ウォーク | 15:18:51 | コメント(0)
浄瑠璃寺

2017年1月15日(日)雪のち曇

(自宅)→南加茂台1丁目→千日墓地→藪の中三尊→浄瑠璃寺→藪の中三尊→大門石仏群→加茂青少年山の家→(自宅) (10Km)

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今日は、数年に一度の大寒波とかで、朝から雪です。京都WAの駅伝応援ウォークに友人2人と参加するつもりでしたが、京都はだいぶ降りそうなので3人共参加を諦めました。当初の予定では、昨日の六甲山4分割縦走に参加するつもりでしたが、お天気を心配してやめたのですが、全て杞憂に終わりました。
当地はあまり雪の降らないところで、朝に積もった数センチの雪も昼までに溶けてきたので、昼過ぎから、いつも歩いているコースですが、浄瑠璃寺に出かけました。山越えの道にも雪はまったくなく、日陰にところどころ残っている程度でした。
何度も歩いているコースなので、写真はあまり撮っていません。昨年の1月2日のブログ (http://oldwalker.blog.fc2.com/blog-entry-2.html) に写真を掲載していますので、興味のある方は見てください。
山を登りきったところにある、鎌倉時代から今も使われている、千日墓地の前を通ります。
入口に6体のお地蔵さんが並んでいます。
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鳥居の先にある十三重塔は、鎌倉時代のもので国の重要文化財です。
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浄瑠璃寺の参道と山門です。
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三重塔前から見た宝地と本堂(国宝)です。宝地に氷が張っていました。
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本堂前から見た宝地と三重塔(国宝)です。
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藪の中三尊。帰りはこの前の道を少年の家へ下りていきます。
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大門の石仏群です。
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今日は、気温は低かったですが、風もなく思ったほど寒くなく快適に歩けました。歩行時間1時間40分、歩行距離9.4Kmでした。
女子駅伝のニュースを見ると、かなりの雪が降っていましたが、時間的に見て、ウォーキングは大雪が降り出すまでにゴールできたようです。色々心配して、結局いつも歩いているコースになりました。この所、自宅周辺ばかり歩いています。






個人的ウォーク | 05:40:38 | コメント(2)
初詣 - 加茂の神社巡り

2017年1月1日(日) 晴れ
(自宅)→春日若宮神社→勝手神社・春日神社→恵比須神社・春日若宮神社→御霊神社→(自宅)(9Km)

1701-00-加茂神社-軌跡

明けましておめでとうございます。
今年こそは、穏やかな良い年になりますよう、祈っていますが,さてどうなりますか。

今日は、穏やかな比較的暖かい元旦を迎えました。午後の空いた時間に、近くの神社に初詣に出かけました。加茂町には、集落ごとに小さな神社があちらこちらに沢山あります。 ただ、このあたりは、木津川の氾濫により度々洪水に見舞われて古文書などが失われ、神社やお寺は高台に移ったりして、創祀・由緒がはっきりしない神社なども多くあるそうです。、

最初に、加茂町里の春日若宮神社に参拝しました。鳥居から本殿までは、かなり長い参道が続きます。
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ここから西へ、府道47号線沿いにある勝手神社と若宮神社へ向かいました。鳥居と参道です。
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一つの建屋の中に、春日神社(左)と勝手神社(右)が並んでいます。
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本殿横の末社に可愛い狛犬が並んでいました。
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境内からの眺望です。右は木津川です。
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次に、東へ加茂駅方面へ戻り、すっかり寂れてしまった旧商店街を抜けた所にある、恵比須神社と春日若宮神社へ向かいました。この2社は同じ敷地内に並んで建っています。左が恵比寿神社、右が春日若宮神社です。
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さらに北へ向かい、山裾にある御霊神社に参拝しました。この本殿は重要文化財に指定されています。
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本殿の脇障子には、舞楽図が描かれていて、その裏には力士像が描かれています。
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午後の時間だったので、どの神社も参拝者は数人程度で、ゆっくりと見て回れました。
所要時間1時間55分、歩行時間1時間40分、歩行距離8。9Kmでした。




個人的ウォーク | 11:06:14 | コメント(0)
茶源郷 和束へ
12月18日(日)晴

加茂駅→恭仁大橋→大出用水→撰原の茶畑→和束茶カフェ→天空カフェ→正法寺→和束天満宮→和束茶カフェ→石寺の茶畑→和束川→恭仁大橋→加茂駅(25km)

GPSの軌跡と高度です。
軌跡b

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和束町は、鎌倉時代から続く高級煎茶の大産地で、宇治茶の40%を生産し、てん茶の生産は全国トップクラスです。その茶畑の景観は素晴らしく、「日本で最も美しい村連合」に加盟しています。 また、京都府は、茶畑を含む宇治茶の文化的景観を、世界文化遺産に登録する準備をしています。最近までは、殆どを宇治茶として出荷していましたが、最近、独自の和束茶として売り出し中です。宇治茶として販売されているものの大半は、和束を中心に、南山城村や加茂町で生産加工されたものです。
今日は、天気もよくウォーキング日和の予報なので、近場で、久しぶりに和束に行きました。茶畑の景観は、今頃が一番美しく、春の新茶の季節から夏にかけては、日よけのため黒い遮光ネットで覆われていて、真っ黒な茶畑になっています。

加茂駅前を8時25分に出発し、まず恭仁大橋を渡ります。橋から見た木津川上流です。ここも私の好きな風景です。
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橋を渡り、真っ直ぐ北へ向かうと大出用水が流れています。これは、鎌倉時代に作られた、和束から加茂まで続く田植え用の水路で、それほど大きな高低差がないところに、鎌倉時代に7Km近い水路を作る技術があったのは、少々驚きです。 この水路は、今も使われています。
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加茂から和束までの道に、新しい道標が作られていました。
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朝靄に霞む茶畑です。
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日本遺産に登録されている撰原の茶畑です。山の斜面一面に広がっています。
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美しい茶畑が続きます。
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丁度、刈り込みをしていました。このような機械で刈り取るので、きれいに形が整った茶畑になります。
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茶源郷 和束の看板が立っていました。
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霜を防ぐため空気を撹拌する送風機が立ち並んでいます。
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和束茶カフェに着きました。加茂からここまで、約10Kmです。
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ここで、天空カフェの利用申込をしました。天空カフェは、近くの丘の上に最近建てられた茶室風の東屋で、和束町の全景を見渡せます。1時間一人500円で1組だけの貸し切りになります。飲み物などは、和束茶カフェで購入して持っていきます。和束茶カフェのすぐ向かいにある公園に、大伴家持の歌碑があります。天空カフェへはこの横から登ります。
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急な階段を登って行きます。
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内部の様子です。囲炉裏もありました。
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和束茶カフェで購入した、茶団子、草餅と和束で作った紅茶です。一人だけの貸し切りで、周りを見渡しながら、美味しくいただきました。でも、本当は一人で来るところではないですね。
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天空カフェからの眺めです。和束町全体が見渡せます。
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府道を北へ少し行くと、正法寺があります。このお寺は、天平時代に安積親王の菩提を弔うために建てられたもので、紅葉の名所として知られていますが、もうとっくに散ってしまったようで、枯れたもみじの葉が、あちこちに積み上げてありました。参道と本堂です。
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そこからさらに北へ向かい、和束天満宮に参拝しました。この神社は、536年宣化天皇の御代、境内社の熊野神社が和歌山「熊野神社」より遷宮されたのが始まりと伝えられる古社です(天満宮のHPより)1618和束-28-IMG_1329
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祭神は菅原道真公です。拝殿と重要文化財の本殿です。

本殿前の左には、菅原公の御威光で、頭を撫でると賢くなり、体の痛いところを撫でると良くなるという、大変ありがたい牛が鎮座していました。
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和束茶カフェの近くの小高い丘の上にある、聖武天皇の第五王子・安積親王の陸墓です。上からは一帯を見渡せますが、何度も行っているので、今回は省略です。
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和束川です。
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帰り道にもしばらくは茶畑が続きます。朝とは光の当たり方が違うので、また違って見えます。
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ここまでは、行きと同じ道ですが、途中で別れて石寺の茶畑を見に行きました。ここも、文化庁選定日本遺産です。
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この先を山手に入っていくのですが、うっかりそのまま南へ行ってしまい、和束川まで来てしまったので、和束川沿いの府道を通って帰りました。この府道には歩道がないので、歩きにくかったです。
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国道に出たところからは、裏道に抜け、恭仁大橋を渡って帰りました。加茂駅前に15時到着。所要時間6時間37分、歩行時間4時間58分、歩行距離25.1Km でした。
久しぶりの和束でしたが、茶源郷として町を挙げて売り出し中で、観光客も増えているようで、喫茶店やレストランなどあちこちにできていました。




個人的ウォーク | 22:22:14 | コメント(2)
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