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Old Walker

Author:Old Walker
関西地方を中心にあちこち歩いています。
時には、ぶらりと旅に出たりもします。

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五私鉄リレーウオーク 第1回 紀淡海峡の風景 みさき公園から加太へ

4月21日(日)晴


南海・みさき公園駅→深日港→産土神社→道の駅とっとパーク小島→大川港→大川トンネル→休暇村紀州加太→加太おさかな創庫→淡嶋神社→加太駅(17Km)

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今日は、まほろば2日目の予定でしたが、いつもの仲間4人が五私鉄ウォークに行くというので、私も加わって、久しぶりに5人揃ってのウォークになりました。大阪と和歌山の府県境の海沿いを歩くコースで、このあたりに行くのは初めてです。今日も良い天気で、暑いくらいの日差しになりました。9時過ぎにみさき公園駅に着いて、駅のすぐ前のみさき公園に向かいます。
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受付開始前の9時20分頃でしたが、既に長蛇の列が出来ていました。
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地図を受け取って、9時35分頃に5人揃ってスタートし、少し歩くと海岸に出ました。深日港を通り過ぎていきます。
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関電の多奈川第二発電所前を通ります。かなり大きな発電所です。
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その少し先にある、産土神社に立ち寄りました。
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産土神社に隣接して興禅寺があります。平安時代初期に建立されたという天台宗の寺院で、産土神社はその鎮守社だったそうです。
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道路脇に、ストロベリーキャンドルが群生していました。日本の野草ではないので、誰かが植えたのが広がったのでしょうか。
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道の駅とっとパークが見えてきました。長い釣り桟橋があり、大勢の人が釣りをしています。桟橋手前のベンチで昼食を摂りました。
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海沿いに歩いて行き、大阪と和歌山の府県境を越えた所にある大川港です。このあたりの入江には漁港が沢山あるようです。
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全長1005mという、長い大川トンネルに入ります。 歩道が狭く車がビュンビュン通るので歩きにくいです。
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やっとトンネルを抜けました。通り抜けるのに11分かかりました。
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新緑の美しい道です。
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休暇村紀州加太を眺めながら通り過ぎていきます。
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城ヶ崎への入口です。岬は良い釣り場だそうです。
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静かな海を眺めながら、しばらく海岸沿いの道を歩いていきます。
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ゴールの加太港が見えてきました。
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加太港に着きました。
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港の西端にゴール受付のテントがありました。13時36分到着です。今日の参加者は、2600名ほどだったようです。梅酒の試飲があり、多種の梅酒が並んでいて、美味しいので順に色々試飲しました。
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そのすぐ近くにある淡嶋神社に立ち寄りました。参道には屋台が多数並んでいて、賑わっていました。
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この神社には、紀州徳川家から奉納された雛人形などが残されていて、人形供養で有名らしいです。本殿内には、多数の雛人形が並べられていました。
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境内の八重桜が満開になっていました。
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ここから加太駅まで歩いていきます。途中に、文化庁の有形文化財に登録されている明治末期の建物がありました。加太警察署として使われていたものです。
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加太駅は単線の南海・加太線の終点で、電車は2両編成で30分毎にしか無く、大勢の人が並んでいて、着いた14時台には臨時便もないので、外で次の電車まで30分以上待たされる羽目に。この電車で次々とやってくる2600人もの人を運ぶのはちょっと無理な感じです。
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やっと電車が入ってきました。
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この線の電車は「めでたい電車」として、外装も内装も魚のイメージで飾られていました。隣のホームに次発の電車が止まっていてたので、友人のTさんが行って写真を撮ってきてくれました。
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所要時間4時間52分、歩行時間3時間18分、歩行距離16.9Kmでした。
天気も良く、初めてのところを海を眺めながら歩くのは気持ち良いです。かなり遠方にもかかわらず、やはり五私鉄の参加者は多いです。



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電鉄ウォーキング | 14:18:00 | コメント(2)
TRYあんぐるウォーク 春風と桜の開花を楽しみに 阪神沿線散歩

4月7日(日)晴


大物公園→宮前公園→左門橋→千船大橋→大野川緑陰道路→伝法大橋→伝法公園→澪標住吉神社→大阪市中央卸売市場→松島公園→阪神・ドーム前駅(12Km)

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南海・近鉄・阪神の3電鉄が順に主催するウォークの今年第1回で、阪神・大物駅から大阪ドームへ向かいます。友人と二人で参加して、このところの陽気で一斉に満開になった桜を眺めながら、初めて訪れる地域をのんびり歩きました。
阪神・大物駅からスタートの大物公園へ向かいます。9時30分からの受付ですが、9時10分に着いたら既に長い列が出来ていました。友人と合流して、9時39分にスタートしました。
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公園には、D51が展示してありました。
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少し歩いたところの公園の桜も満開でした。
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桜並木の下を歩いていきます。
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千船大橋を渡って少し行くと、大野川緑陰道路に出ます。自転車道と歩道に分けられていて、歩きやすい道です。桜並木が満開でした。
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しばらく阪神高速道に沿って歩きます。
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伝法大橋を渡ります。並行している鉄橋を阪神なんば線の電車が走っていました。
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橋を渡ったところの伝法公園の桜も満開です。
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そのすぐ先に、澪標住吉神社がありました。大阪市の市章にもなっている澪標(みおつくし)がこの神社の近くの浜に立っていたことから、名付けられたそうです。
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拝殿です。
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大阪市中央卸売市場の横を通っていきます。延床面積32万平方メートルという、日本最大級の市場です。
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卸売市場の裏を流れる土佐堀川に架かる端建蔵橋(はたてくらばし)を渡ります。江戸時代の中之島に各藩の蔵屋敷が建ち並んでいて、中之島の西端にも蔵が建てられていたことからこの地名が付けられたそうです。
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橋から見た下流側です。正面に卸売市場が見えます。
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交差点に白い花の桜(大島桜?)がきれいに咲いていました。
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そのすぐ先のドーム前駅のゴールに12時32分到着しました。今日の参加者は1520名で、やはり電鉄ウォークは多いです。 
所要時間2時間53分、歩行時間2時間38分、歩行距離12.6Kmでした。

隣接するイオンモールで昼食を摂ったあと、大阪ドームを見に行きました。オリックス - 楽天の試合中でした。
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今日は晴天で暑いくらいの陽気の中、満開の桜を楽しみながら歩きました。




電鉄ウォーキング | 22:22:34 | コメント(2)
春風に誘われて!八尾はるまち散策めぐり

3月20日(水)晴


近鉄・河内山本駅→玉串川→長瀬川→顕証寺→八尾市まちなみセンター→八尾浜と久宝寺船着場→常光寺→近鉄八尾駅(→許麻神社→JR久宝寺駅)(11Km)

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先週末とは打って変わって、急に春めいてポカポカ陽気の一日、近鉄ハイクで八尾の町を歩いてきました。
河内山本駅に10時過ぎに着き、地図をもらってスタートしました。9時30分からの受付だったので、参加者のピークは過ぎて混雑もなく、自分のペースで歩けました。
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まず、玉串川に沿って南へ歩いていきます。川沿いには、約5Kmに渡って両岸に桜が植えられていて、もう少しすると桜のトンネルになるようです。
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曙橋で右折して西へ向かい、長瀬川沿いに北東へ進みます。長瀬川は、元は大和川の本流で200mの川幅のある大きな川で、人と物資の輸送で賑わっていたそうですが、1704年大和川の付替えで、今のような水路になったとのことです。川沿いには遊歩道が整備され、桜並木の下には様々な花が植えられています。
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長瀬川を離れて、八尾警察署、八尾高校前を通り、久宝寺寺内町へ向かいます。
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寺内町の中心に久宝寺御坊・顕証寺があります。山門と築地塀です。
1903-06-八尾-IMG_0691 1903-11a-八尾-IMG_0695説明 
門を入ると右手に親鸞聖人、左手に1470年に顕証寺を創建した蓮如上人の像が立っています。
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本堂とそれに続く渡廊と長屋です。
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顕証寺の横に、八尾市まちなみセンター・寺内町ふれあい館がありました。
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ここで折り返して東へ向かうと、長瀬川の橋の袂に八尾浜と久宝寺船着場跡があります。
1903-12-八尾-IMG_0700 1903-13-八尾-IMG_0699説明 
商店街の真ん中に常光寺があります。このお寺は、行基の創建と伝えられている古刹で、南禅寺塔頭・金地院の末寺で通称「八尾地蔵尊」として知られています。山門と本堂です。
1903-14-八尾-IMG_0703 1903-15-八尾-IMG_0705 1903-16-八尾-IMG_0704説明 
本堂前には、ネパールから贈られた摩尼車がありました。
1903-17-八尾-IMG_0706 1903-18-八尾-IMG_0707説明 
また、常光寺で伝えられている「流し節正調河内音頭」は河内音頭の原型とされていて、「河内最古の音頭発祥の地」という石碑が山門横にあります。
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商店街を少し行くと「河内音頭記念館」というのがありました。
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ゴールの近鉄八尾駅に12時6分到着です。ここまでの距離約9Kmでした。
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駅近くで食事を済ませて、JR久宝寺駅まで歩きました。顕証寺まではほぼ同じ道を戻ります。その少し先に、許麻神社があります。延喜式神名帳に記載されている古い神社です。
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境内の手洗舎は、久宝寺観音院の鐘楼を移築したものだそうです。
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久宝寺駅はそのすぐ先で、13時12分に着きました。所要時間3時間8分、歩行時間2時間5分、歩行距離10.6Kmでした。八尾市街を歩くのは初めてですが、寺内町までは特に見どころはなく、川沿いの遊歩道をのんびり歩いていました。寺内町には、史跡なども多数点在していて、もう少しゆっくり見て回っても良かったかなと、後から思いました。




電鉄ウォーキング | 10:54:33 | コメント(0)
万葉の古道 魅力ある史跡をめぐる 山の辺の道

1月27日(日)曇


近鉄奈良駅→興福寺→新薬師寺→宅春日神社→白毫寺→八阪神社→白山比咩神社→崇道天皇陵→円照寺→山村町バス停(ゴール;10Km)(→帯解寺→ならまち→JR奈良駅;16Km)

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朝、起きると庭に薄っすらと雪が積もっていて、寒い日でしたが、近鉄フリーハイキングに参加して、北・山の辺の道を歩いてきました。天理から桜井への南・山の辺の道はよく歩くのですが、北はあまり歩く機会がなく、久しぶりです。以前は無かった真新しい道標が、ほぼすべての分岐点に設置されていて、迷うこと無く歩きやすくなっていました。
スタート地点の近鉄奈良駅に、受付開始15分後の9時45分頃着いたので、並ばずに地図を受け取り9時50分にスタートしました。駅前広場の行基像です。
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まず、興福寺に向かいます。再建されたばかりの真新しい中金堂です。
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鷺池に浮かぶ浮見堂です。
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志賀直哉旧居の前を通過します。
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新薬師寺前に、山の辺の道の道標と変わったお地蔵さん(?)が並んでいました。
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新薬師寺前を通過します。ここは何度も通っていますが、中に入ったことがありません。
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新薬師寺の少し先にある、宅春日(やけかすが)神社です。
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白毫寺参道の階段です。門の前まで行ったのですが、本堂は工事中で拝観料も要るので、門の所で引き返しました。このお寺の創建はかなり古く、閻魔大王を祀っています。
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このような道標が至る所に立てられていて、地図を見なくても歩けます。
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八阪神社です。本殿の他に摂社が5社鎮座しています。
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荒れた竹林の中の道を行きます。
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少しずつ登ってきて、見晴らしが良い所に出ると、奈良市街とその先に生駒山が一望できます。
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白山比咩神社です。全国に点在する「白山神社」と同様、石川県の白山神社の白山権現の信仰によるものと言うことです。
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大きな溜池の辺りにある、崇道天皇陵です。
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放置された梅林の中の道を行きます。
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石仏とかなり古そうな墓石が立ち並んでいました。
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円照寺の門と参道です。山の辺の道は、右手の石段を登っていきます。
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円照寺は、臨済宗妙心寺派の尼寺で、斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と共に大和三門跡と呼ばれる門跡寺院です。華道の「山村御流」の家元でもあり、山村御殿(山村御所)とも呼ばれています。内部は非公開で、山門とその左手奥にあるトイレのところまでしか入れません。山門とそこから覗いた美しい庭と建物です。
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その少し先の山村町バス停がゴールで、奈良までバスで帰ることになっていますが、10Kmほどしか歩いていないので、そのまま西へ、帯解寺の方へ向かい、帯解寺の前の道を北へ、「ならまち」まで歩いていきました。
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ならまちは、何度も歩いていて写真も色々撮っているので、今回は、国の重要文化財に指定されている「藤岡家住宅」だけ撮りました。この家は、築200年を超える奈良市でも最も古い町家の一つで、今も住宅として使われていて、内部は非公開です。
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この後は、三条通に出て、JR奈良駅まで歩きました。所要時間4時間23分、歩行時間3時間28分、歩行距離15.8Kmでした。今日は風もあり、気温も5度程度と低く、そのためか近鉄ハイクにしては参加者はそれほど多くなかったようです。景色も良く、変化に飛んでいて気持ちよく歩ける道ですが、やはりもう少し暖かくなってから歩くほうが良いコースだと思いました。




電鉄ウォーキング | 06:12:22 | コメント(0)
田原本線開業100周年記念ハイキング 田原本線の歴史を訪ねて
12月2日(日)晴

新王寺駅→大輪田駅→佐味田川駅→池部駅→箸尾駅→但馬駅→黒田駅→孝霊神社→西田原本駅(14Km)

GPSの軌跡ですが、機器のスイッチを入れ忘れていて、王子駅から約3キロの地点から始まっています。
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天気も良いので、奈良の田園地帯をのんびり歩くつもりで、友人と近鉄フリーハイキングに出かけました。近鉄田原本線は、1918年に大和鉄道として新王寺ー田原本間が開通し、太平洋戦争中に一時休止後、昭和23年に電化して再開、昭和36年に近鉄と合併し現在に至っています。今日のコースは、王寺から田原本線にほぼ沿って田原本駅まで歩いていきます。途中、各駅を訪れる他に特に見どころはありませんが、景色を眺めながらのんびり歩くにはちょうと良いコースでした。
9時過ぎに王子駅に着き、並んで地図をもらって9時25分頃スタートしました。
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しばらく田原本線に沿って歩きます。
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雪丸の看板のところで、田原本線の下をくぐっていきます。
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まず、大輪田駅前を通ります。
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しばらく住宅街を歩いていきます。GPSの軌跡は、このあたりから始まっています。
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佐味田川駅です。ここは何度か通ったことがあります。
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池部駅近くの線路沿いの紅葉です。ちょうと今が見頃になっています。
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池部駅に電車が入ってきました。
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池部駅正面です。
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池部駅隣の河合町役場の立派な門です。
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ここは、大和鉄道の建設を行った実業家の邸宅だった所で、河合町に譲渡され町役場として使われてきたました。現在は、敷地内に役場の本館が立てられています。庭園の一部は残されていて、紅葉がきれいでした。
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道路脇に、直木三十五を顕彰する文学碑が建っていました。何故ここにあるかという説明が裏にかかれていました。直木三十五の父がこの地の出身だったそうです。
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高田川を渡ります。上流側の風景です。
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箸尾駅に着きました。
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すすきがきれいです。
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葛城川を渡ります。
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田園地帯を歩いていきます。田原本線の電車が走っていました。
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但馬駅です。
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飛鳥川の船つき橋を渡ります。このあたりの飛鳥川はあまりきれいではありません。
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線路脇を歩いていきます。
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黒田駅です。
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そのすぐ先にある、孝霊神社です。ここの境内で、昼食休憩しました。
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ゴールの西田原本駅に着きました。
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友人とおしゃべりをしながら、のんびり歩いたので4時間20分程かかっています。天気の良い日に、のどかな田園風景を眺めながらのんびり歩くのも、また良いものです。近鉄のフリーハイキングは、久しぶりですが、矢貼や案内の人はいなくて、地図だけを頼りに歩くのですが、肝心の地図は以前よりはだいぶわかりやすくなってはいますが、目印になるものが「カーブミラー」とか「郵便ポスト」とか、どこにでもあるものしか書かれていないので、道に迷いやすいです。具体的な店の名前などは出さないことにしているようですが、目につくのは店の看板などなので、名前を書いてあっても良いと思うのですが。今回も、やはり道に迷ってウロウロしている人を見かけました。




電鉄ウォーキング | 11:37:00 | コメント(0)
秋の堺 百舌鳥古墳群を歩く!

11月18日(日(晴)


ザビエル公園→方違神社→仁徳天皇陵古墳→大仙公園→いたすけ古墳→御廟山古墳→百舌鳥八幡宮→ニサンザイ古墳→履中天皇陵古墳→大仙公園日本庭園→堺市役所→開口神社→宿院頓宮→さかい利晶の杜→ザビエル公園(18Km)

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五私鉄リレーウォークの第5回(最終回)・南海電鉄の担当で、堺市の古墳巡りです。秋晴れのウォーキング日和に友人二人と参加して、あちこち寄り道しながら楽しく歩きました。南海堺駅に9時過ぎに着きました。雲ひとつない晴天です。
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受付場所のザビエル公園に着くと、長蛇の列ができていました。今日も参加者は多そうです。
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地図をもらい、友人と3人で9時35分にスタートしました。道いっぱいの人で、非常に歩きにくいです。追い越してもずっと先まで人の波なので、流れにまかせてゆっくり歩きます。まず、方違神社に参拝しました。崇神天皇の勅願により創建されたと伝えられる、古い神社です。今日はどこの神社も、七五三参りで賑わっていました。
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けやき通りを南へと向かいます。
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仁徳天皇陵古墳の周りを回って古墳正面へと向かいます。
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途中にあった、銅亀山古墳です。1811-07-五私鉄-IMG_6715 1811-08-五私鉄-IMG_6716 
天皇陵正面です。天皇陵は、どこも同じような形をしていて写真に撮ると、どこの稜だかわかりません。
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古墳は、上から見ないとその形、大きさなどわからず、どれも同じように見えます。古墳の模型と説明板がありました。
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大仙公園の東橋を通って、いたすけ古墳、御廟山古墳の周りを歩いていきます。
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百舌鳥八幡宮の境内に、裏から入り表から出ていきました。
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ニサンザイ古墳です。ここの公園で昼食を摂りました。
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履中天皇陵古墳です。
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大仙公園に戻ってきました。ここの日本庭園は美しいらしいので、中に入ることにしました。最近まで65歳以上は全員無料だったそうですが、今は、堺市民だけになっていて、入場料を支払いました。
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紅葉の見頃には少し早かったですが、手入れのよく行き届いたきれいな庭園でした。堺市の友好都市・中国の連雲港市から贈られた施設などがあり、一部は中国庭園風でした。
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仁徳の森を抜け、市街地に出て、堺市役所に向かいます。
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市役所は21階建てで、最上階まで登ることができます。最上階からは、四方を見渡すことができ、多くの人で賑わっていました。仁徳天皇陵古墳です。
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市街地の向こうに、金剛山、葛城山、二上山(左から)がきれいに見えました。
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堺市文化会館の手前に反正天皇陵古墳が見えます。遠くには生駒山が見えます。
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西には、大阪湾の向こうに微かに明石大橋が見えました(写真にはほとんど写っていません)。
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1階に降りてくると、ちょうど2時でロビー正面のオルゴール時計が鳴って、人形が踊っていました。横には火の鳥のタペストリーが掛かっていました。
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市役所前では、堺区ふれあい祭りが開催されていて、賑やかな音楽と踊りのパフォーマンスが披露されていました。
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様々な屋台が並んでいて、市役所前の道路は歩行者天国になっていました。
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 山之口商店街を通り抜けていきます。1811-35-五私鉄-IMG_6774
 
途中に開口神社がありました。
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その少し先の宿院頓宮です。
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さかい利晶の杜の横に、千利休屋敷跡がありました。今は、そのごく一部しか残っていません。
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利晶の杜は、ウォーキング参加者は無料なので、中を見学してきました。
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茶室の想定模型です。
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道路脇に与謝野晶子生家の跡の碑とモニュメントがたっていました。
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ゴールのザビエル公園に14時58分に着きました。抽選は全員外れでした。今日の参加者は、2824名でした。いつもながら、五私鉄は特別多いです。

所要時間5時間23分、歩行時間3時間48分、歩行距離17.7Kmでした。あちこち寄り道して、いろいろ見物しながら歩いていたのでだいぶ時間がかかりましたが、3人で楽しく歩きました。南海電鉄のウォーキングは、案内の方が多く出ておられ、矢貼もたくさんあって、近鉄のように道に迷う事なく歩けます。
5人組の若い二人は、神戸マラソンに出て、還暦記念の初マラソンを6時間8分で完走しています。ろくにランニングの練習もしていないのにすごいです。




電鉄ウォーキング | 10:19:00 | コメント(8)
日本一の酒どころ 灘の酒蔵を巡る!

9月16日(日)曇り時々晴


阪神・甲子園駅→甲子園球場1号門(受付)→六角堂→大関・甘辛の関寿庵→日本盛煉瓦館→白鹿記念酒造博物館→白鷹緑水苑→芦屋中央公園→芦屋公園→浜福鶴吟醸工房→菊正宗酒造記念館→白鶴酒造資料館(ゴール・13Km)→阪神住吉駅

GPSロガーのスイッチを入れ忘れていて、軌跡は、スタート45分後の白鹿博物館の少し手前からしかありません。
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五私鉄リレーウォークの4回目に、久しぶりに仲間5人揃って参加しました。9時20分に甲子園駅に着くと、ホームはウォークの参加者で溢れていて、その多さにびっくりです。球場には長蛇の列ができていました。
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9時45分に5人組でスタートし、少し行くと、明治15年に今津小学校の校舎として建てられた六角堂がありました。趣のある美しい建物です。
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そのすぐ先の大関・関寿庵前には長い列ができていました。ここは素通りしました。
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「酒蔵通り」を西へと歩いていきます。
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日本盛の煉瓦館です。ここには、売店などの他、日本料理のレストランもあるようです。GPSの軌跡は、この少し先から始まっています。
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暫く歩くと、白鹿記念酒造博物館、そのすぐ先に酒蔵館、ショップとレストランのあるクラシックスがあります。
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白鷹本社前を通ります。
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夙川沿いの夙川公園の桜並木の下を、南へと歩いていきます。
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夙川を渡ります。河口側の風景です。
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御前浜公園を入り江に沿って歩いていきます。この辺りは埋立地で、地図で見ると海が非常に複雑な形で入り組んでいます。
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その先の、芦屋中央公園の木陰でで少し早い目の昼食を摂りました。この頃には気温も30℃を超えて、蒸し暑くなってきました。
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昼食後は、谷崎潤一郎記念館の前を通り、芦屋公園に出て、芦屋川沿いに北へ向かいます。芦屋川の下流側です。
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国道43号線を南西へと進み、神戸大学海事科学部(前の神戸商船大学)の前を通り、サンシャインワーフを通り過ぎると、その少し先に「西国街道まわり道」と、その隣に「兵庫県に於ける素麺発祥の地」という石碑が並んでいました。
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少し先へ進むと、酒蔵が並んでいて、まず、浜福寿吟醸工房へ立ち寄り、涼みながら試飲をしました。
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菊正宗酒造記念館です。ここでも試飲をさせてもらいました。
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そのすぐ先の、白鶴酒造資料館に着きました。ここがゴールになっていて、ゴールの受付に長蛇の列ができていました。
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今日の参加者は、3776名でした。やはり、五私鉄は多いです。スタートからゴールまでの間、人並みが絶えることなく続いていました。ここでも試飲をして、しばらく資料館を見学していました。この資料館は、よく整備されていて、昭和初期頃の酒造りが当時の道具類を使って再現されていました。
その後、阪神住吉駅から電車で帰りました。
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ゴール到着は、13時58分、所要時間4時間13分、歩行時間2時間59分でした。
当初は雨の予報でしたが、当日朝には曇りとなり、実際は青空も出て日差しが強く、蒸し暑い一日でした。あちらこちらの酒蔵で試飲をして、5人で賑やかで楽しく歩きました。それにしても、参加者の多さにはびっくりです。




電鉄ウォーキング | 06:57:55 | コメント(2)
冷や冷や夏呑みハイキング 奈良豊澤酒造[豊祝」

7月14日(土)晴


天理駅→祝田神社→和邇下神社→和爾坐赤阪比古神社→サムライ街道→奈良豊澤酒造(7Km)→イオンモール郡山→JR郡山駅(12Km)

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色々の都合で暫くウォーキングを休んでいましたが、一ヶ月ぶりにまずは足慣らしとして、近鉄の夏呑みハイキングに出かけました。今日は猛暑日の予報でしたが、午前中は時折心地よい風が吹き、日陰は涼しく、さほど暑くもなく豊澤酒造までは、気持ちよく歩けました。豊澤酒造へは、冬に何度も行っていますが、夏は初めてです。暑い折のためか、天理駅から北へほぼ真っ直ぐに行く、初めての短いコースでした。豊澤酒造がゴールで、バスで奈良へ戻る事になっていますが、いつもは帯解寺から「ならまち」へと歩くのですが、暑いし、ならまちまでの道はあまり面白くないので、郡山のイオンモールを経て郡山駅へ向かうことにしました。
近鉄郡山駅前を9時30分にスタートしましたが、振り返るとまだ大勢の人が列をなしていました。
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少し北へ行ったところにある祝田神社(はふりた)は、延喜式神名帳にも記載されている古社です。鳥居と拝殿奥の本殿です。
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暫く住宅街を歩きます。
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和邇下神社の参道へと進んでいきます。
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鳥居の奥には、茅の輪が作られていました。
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コースは、神社には寄らずに素通りですが、寄り道をして神社に参拝してきました。本殿への参道です。
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東大寺山古墳の上にある拝殿とその奥の重要文化財の本殿です。
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山道に入ります。
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和爾坐赤阪比古神社(わににますあかさかひこ)です。和爾氏の氏神として建立された古社です。
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サムライ街道を歩いていきます。ここが何故「サムライ街道」なのか、調べてみましたが分かりません。
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ゴールの[豊祝」豊澤酒造に11時18分に着きました。
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いつもの試飲会場です。5種の冷酒を試飲させて頂きました。美味しかったです。暑い日にもかかわらず、参加者が693名もあったとのこと、さすが人気のコースです。
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丁度お昼時なので、西へ真っ直ぐイオンモール郡山へ行き、昼食を摂りました。
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モール内を暫くうろついて、買い物もして14時前に外へ出て郡山駅へ向かいましたが、涼しい所に暫くいたせいもあるのでしょうが、ものすごく暑かったです。電車を降りて自宅へ向かう時は、さらに暑くふうふう言いながら自宅にたどり着きました。
歩行時間2時間18分、歩行距離11.6Km(イオンモール内をうろついた時間と距離は除いています)でした。午前中はまだ良かったのですが、猛暑日の予報通り、昼からは猛烈に暑かったです。



電鉄ウォーキング | 20:43:00 | コメント(4)
西山古道から柳谷観音・天王山

2月17日(土)曇時々小雨


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阪急西山天王山→西代里山公園→立石橋→西山古道→柳谷観音→乗願寺→天王山→酒解神社→宝積寺→離宮八幡宮→大山崎駅(11Km)

  阪急ハイキングに参加して、西山古道から天王山へ行ってきました。西山天王山駅に10時10分ほど前に着き、受付の調子馬ノ池公園へ向かいました。 公園には「西山古道」の真新しい石柱と説明板がありました。
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公園には既に長い列ができていました。
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地図をもらって、10時2分に出発し、京都縦貫道下の歩道を歩いていきます。予報では、一日中晴のはずですが、暫くの間細かい雨が降っていました。
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しばらく小泉川沿いに歩いていきます。
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西代里山公園から西山古道に入ります。
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細い山道に入り、長い渋滞の列に付いてゆっくり登っていきました。
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少し急なアップダウンが続き、少しづつ列もバラけてきました。
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所々に道標が立てられていて、道はわかりやすいです。
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尾根道を進んでいきます。この頃には、雨も止んで少し日が差してきました。
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道が開けて、柳谷観音に着きました。
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西山古道と西山三山の案内板がありました。
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柳谷観音(立願山楊谷寺)は、平安時代に清水寺を開山された第一世延鎮僧都により開創されたお寺で、眼病平癒の祈願所として古くから信仰されてきたそうです。
山門と本堂です。
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今日は大護摩供が開催される日で、大勢の参拝客で賑わっていました。本堂横では、大護摩供が始まったばかりで、大峰山から来られた山伏の方々をお迎えするところで、しばらく見物していました。
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境内の接待所で、志納金を収めて甘酒とかき餅を頂き、しばらく境内を見物して回ったあと、乗願寺方面へと一旦下っていき、天王山へとまた登ります。
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天王山山頂の少し手前の、今日の最高地点(h302m) に着きました。丁度お昼時で、日もさしているので、ここで昼食休憩です。でも、しばらくすると風が吹き出し、曇ってきて小雪が舞だし寒かったです。
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しばらく下ってから、最後の急な山道を登りきると、天王山山頂 (h274m) です。
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山頂に天王山歴史マップがありました。
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このあたりには、山崎城があったそうです。
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しばらく下っていくと、酒解神社がありました。延喜式にも載っている格式のある古いお社だそうですが、その割にはお社は荒れた感じででした。
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校倉造の神輿庫は板倉式倉庫としては日本最古のもので、国の重要文化財に指定されています。写真の左手の建物ですが、柵があり上手く撮れなかったので山崎観光案内所のHPから写真を拝借しました。
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山道を下っていくと、酒解神社の大きな鳥居がありました。
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鳥居横にある旗立松展望台は、山崎合戦の時、秀吉が味方の士気を高めるため老松の樹上高く千成ひょうたんの旗印を掲げた所で、淀川、大阪平野、京都盆地が一望できました。北東方面の眺めです。
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さらに下っていくと、宝積寺の境内に入りました。本堂と仁王門です。
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下りきって、JRの線路を越えた所に離宮八幡宮がありました。ここは、石清水八幡宮の元社にあたり、八幡大神を祭神とする神社だそうです。境内を通り抜けました。
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JRの駅を通り越して、ゴールの阪急大山崎駅に13時42分到着です。今日の参加者は807名でした。このあと、JR山崎駅に戻り帰宅しました。
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所要時間3時間40分、歩行時間2時間40分、歩行距離12.5Kmでした。
今日は、予報に反してほとんど曇りで、時折傘の要らない程度の細かい雨が降り、山では小雪が舞って風もあり寒い一日でした。でも、変化に飛んだコースで、楽しく歩けました。



電鉄ウォーキング | 13:16:53 | コメント(4)
愉快・爽快・空海ウォーク - 早春の上神谷から寺社を巡り西高野街道を歩く
2月10日(土)曇時々小雨

泉ヶ丘駅→大蓮公園→櫻井神社→妙見山感應寺→フォレストガーデン→晴美公園→天野街道→西高野街道→松林寺→河内長野駅→酒蔵通り→天野酒酒蔵(ゴール:18Km)→河内長野駅

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南海電鉄ハイキングに参加して、堺市、狭山市、河内長野市を通る西高野街道を歩いてきました。午後から小雨の予報のところ、11時ころから細かい雨が降り出しましたが、大したことはなく傘をさしたのはごく短時間だけで、昨日までのような寒さはなく気持ちよく歩けました。
受付開始の9時30分少し前に泉ヶ丘駅に着くと、既に100人位並んでいました。
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地図をもらって、9時35分にスタートし、駅前のビルが立ち並んでいる間を抜けて行きました。この時から、傘はいらない程度の細かい雨が降っていました。
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大蓮公園へ入ると間もなく「陶邑(すえむら)窯跡」がありました。泉北丘陵一帯は、古墳時代から須恵器の生産地であったそうで、ニュータウンの建設工事にともなって、多数の窯跡が発掘されたとのことです。
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公園内を歩いていきます。
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公園を抜けて西へ少し行くと、櫻井神社です。
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この神社の拝殿は国宝に指定されています。
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1802-08-西高野街道-IMG_2839 説明

そこから南へ向かうと、間もなく妙見山感應寺がありました。ここも、お寺ですが、鳥居が立っていました。
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本殿です。
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1802-11-西高野街道-IMG_2844 説明

そのすぐ先に、フォレストガーデンというかなり大きな公園があり、南入口から入り、北入口へ抜けていきます。この頃から少し雨脚が強くなり、しばらく傘をさして歩きました。
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公園を通り抜けて、住宅街を北へ少し行ったところにある晴美公園に屋根付きの東屋があったので、少し早いですが昼食を摂りました。その後、広い通りに出て間もなく横道へ入る階段があり、登っていくと天野街道に出ました。
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木立の間を抜ける心地よい尾根道を歩いていきます。この頃には、雨も止んでいました。
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道端の石に彫られた、天野街道の地図です。
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その先は、ナラ枯れがひどいらしく、殆どのナラの根本にポリシートが巻かれていました。恐らく薬剤を塗ってあるのでしょう。
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再び市街地に出て少し行くと、西高野街道の石柱と説明板が立っていました。
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1802-21-西高野街道-IMG_2862 説明

この先ずっと住宅街を通ります。道端に所々[西高野街道」の石柱が立っていました。
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祠と常夜灯が立っているところから、細い歩行者専用道に入っていきます。
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そのすぐ先の松林寺に裏門から入り、本堂の前を通り、表門へと抜けていきました。
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中高野街道と西高野街道の合流点です。
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河内長野駅前に、東と西高野街道の合流点の石柱と地図がありました。
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駅前を通り過ぎて少し行くと、風情のある[酒蔵通り」があり、その奥にゴールになっている、享保三年(1718年)創醸の酒蔵「天野酒」がありました。 ここは醸造所ではなく、文字通り「酒蔵」で、期待していた試飲などはありませんでした。 ここで抽選があり、4等(5等がはずれ)の地元のお菓子が当たり、[高野街道」という饅頭の3個箱入りをもらいました。今日の参加者は200名でした。
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雨も少し強くなってきたので、急いで駅前に戻り、近鉄で帰りました。
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所要時間4時間丁度、歩行時間3時間18分、歩行距離17.4Kmでした。
南海電鉄ハイクは、恐らく初めての参加ですが、こまめに矢貼がしてあり、所々にはスタッフの方が立番をしておられて、地図を見なくても道に迷う事はなかったです。幸い、歩いている間は雨も大したことはなくて済みました。





電鉄ウォーキング | 15:34:42 | コメント(4)
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