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Old Walker

Author:Old Walker
関西地方を中心にあちこち歩いています。
時には、ぶらりと旅に出たりもします。

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歩き初め 年始は住吉大社詣りから

2020年1月13日(月)晴


近鉄阿倍野橋駅→天下茶屋公園→紹鴎森天満宮→天下茶屋跡→岸里玉出駅→粉浜駅→住吉大社→荘厳浄土寺→長居公園→長居植物園→JR長居駅(13Km)

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近鉄ハイクに参加して住吉大社へ初詣に行ってきました。受付が9時30分~11時なので、混雑を避けて10時半近くに阿倍野橋駅に行くと参加者はまばらでした。スタートしてしばらくは市街地を南へ歩いていきます。松虫の交差点から西へ進み、聖天山公園の前を通って岸里東で南下して行くと天下茶屋公園がありました。公園に入った所に、阿倍氏の氏寺といわれる奈良時代の寺院である安倍寺の塔心礎があります。
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そのすぐ横には、昭和初期に建てられた明治天皇駐蹕遺址碑があります。
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そのすぐ先の紹鴎森(天神ノ森)天満宮の向かいに天下茶屋跡の碑が立っていました。天下茶屋は豊臣秀吉が堺や住吉への途中立ち寄り、茶の湯を楽しんたところで、殿下茶屋がなまったものといわれています。
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紹鴎森天満宮です。ここは、千利休の師、武野紹鴎(たけのじょうおう)が隠棲したところです。
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鳥居を入った所に、「天下茶屋あだ討ち供養塔」がありました。その奥の本殿は撮影禁止になっていて、知らずにカメラを構えたら見張っている人がいて「撮影はだめ」と言われました。神社の拝殿が撮影禁止というのは初めてです。
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この辺り一帯が天下茶屋屋敷だったようで、神社のすぐ先の小さな広場にも[天下茶屋跡」の碑がありました。
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南海電車の岸里玉出駅前から高架に沿って南へ歩いて行き、玉出本町商店街の前を通ります。
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粉浜駅前を通っていきます。
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住吉大社に着きました。思っていたより多くの人出でした。
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反橋を渡ります。
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第三本宮とその右隣の第四本宮です。第一本宮から第四本宮の4棟の本殿は1810年(文化7年)に建てられたもので、「住吉造」と称し、神社建築史上最古の様式の一つといわれ、いずれも国宝です。
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その奥の第二本宮です。
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第二本宮の奥の本殿です。
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最奥の第一本宮です。他の本宮より大きいようです。
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神社の東から外に出て少し行くと荘厳浄土寺があります。平安時代後期、応徳年間(11世紀後半)に創建されたと伝えられる古刹で、住吉大社とも密接な係わりをもつお寺と言われています。大阪市の有形文化財に指定されており、表門は江戸時代初期の薬医門でこの形式としては大阪市最古ものだそうです。本堂は18世紀前半の建立です。
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東へ歩いて行くと長居公園に到着です。南西入口から入りました。入口の花壇にはパンジーなどが咲いていました。
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公園内の外周道路沿いに高校陸上部の生徒たちが大勢集まっていたので聞いてみると、大阪高等学校女子駅伝大会だそうで、しばらくすると選手達がやってきました。
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植物園に立寄りました。
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寒い時期にも関わらず、思っていたより多くの草花が咲き誇っていました。植物園に入ってすぐのところにあるハートの大花壇です。
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良く手入れの行き届いた植物園で様々な花が咲いていました。
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園の中央にある大池です。水鳥が泳いでいました。
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2羽の白鳥が餌を探していました。
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バラ園の前の花壇です。暖冬のせいか意外に多種の花が咲いていてとてもきれいです。
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バラ園にも結構多くの花が咲いていました。
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このハイクのゴールは近鉄針中野駅ですが、私はJRで帰るので来た道を戻って長居駅から電車に乗って帰りました。所要時間4時間11分、歩行時間3時間41分、歩行距離12.8Kmでした。住吉大社と長居植物園をゆっくり見て回ったのでだいぶ時間がかかっています。今日は一日中快晴で、日差しは温かいのですが、冷たい風がずっと吹いていて結構寒かったです。寒い時期なので植物園はあまり期待をしていなかったのですが、春か来たかと思うほど様々な花が咲き誇っていて楽しめました。



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電鉄ウォーキング | 22:12:13 | コメント(0)
枚方八景・山田池公園から京街道枚方宿を経てひらかたパークへ

11月10日(日)晴


京阪・牧野駅→阪今池公園(受付)→こぐま緑道→交北公園→山田池公園→百済王神社→淀川河川公園枚方地区→京街道枚方宿→意賀美神社→ひらかたパーク前(ゴール)(12Km)(→枚方公園駅)

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五私鉄リレーウォークの6回目(最終回)に、いつもの仲間と5人で参加しました。9時30分からの受付開始に、9時前に牧野駅に着いて会場の公園に向かうと既に大勢の人が列を作っていました。受付を待って並んでいる間にも続々と人が集まってきていました。9時41分に地図をもらって5人揃ってスタートしましたが、公園いっぱいに列ができていました。
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住宅街を抜けると「こぐま緑道」に入ります。緑に包まれた気持ちのよい遊歩道ですが、人が多すぎて歩きにくいです。
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交北公園を通り抜けていきます。
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少し行くと、山田池公園に着きました。山田池を囲む大きな府営公園です。
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吊橋がありました。
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橋の上からの眺めです。
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橋を渡ったところのパークセンター前の木々がきれいに紅葉していました。
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公園を出て、南西に向かい広い府道を歩いて行き、関西外国語大学前を通ります。
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国の特別史跡に指定されている百済寺跡公園に入ります。公園内には、百済王神社があります。
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しばらく天野川沿いに西へ向かい、淀川の土手に出ます。淀川河川公園で昼食を摂りました。
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そのすぐ先に、京街道枚方宿跡があります。
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万年寺山への階段を登って行きます。
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その上には、意賀美(おかみ)神社があります。
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ゴールのひらかたパークはそのすぐ先です。13時7分に公演前に着きました。
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今日の参加者は、3220名でした。何時もながら、五私鉄の参加者は、特別多いです。歩いている間中どこまで行っても人の列が続いていて、長大な団体歩行のようで歩きにくかったです。
所要時間3時間32分、歩行時間3時間1分、歩行距離12.8Kmでした。この後、枚方公園駅まで歩いて行きました。今日は、天気も良く、朝方は寒いくらいでしたが、歩き出すと丁度よい気温で、人混みの中を5人で楽しく歩きました。



電鉄ウォーキング | 10:41:55 | コメント(0)
大和街道の紅葉と島ヶ原温泉「やぶっちゃ」を楽しむ

10月27日(日)曇時々晴


(JR伊賀上野駅→上野公園→)伊賀鉄道・上野市駅→鍵谷の辻→三軒家→三本松池→芭蕉の尻もち坂→島ヶ原温泉「やぶっちゃ」→JR島ケ原駅(16Km)

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伊賀鉄道のフリーハイキングで、忍者の里・芭蕉の生まれ故郷として知られる伊賀上野から、芭蕉も歩いた大和街道を通って島ヶ原温泉に行くコースです。スタートは伊賀鉄道の上野市駅ですが、JR伊賀上野駅から約3Kmの上野市駅まで、途中、上野公園に寄りながら歩いて行きました。JR伊賀上野駅です。
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南に向かって歩いて行き、服部川を渡ります。橋の欄干には忍者のレリーフがありました。この川は、川下で木津川と合流します。
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伊賀上野城跡一帯は上野公園として整備され、高台に昭和初期に建築された上野城天守閣がそびえています。
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公園内には、「芭蕉翁記念館」や忍者博物館などがあります。時間がないので中には入っていません。
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受付は上野市駅10~11時10分で、10時数分過ぎに着いたのですが、参加者はまばらで大手私鉄のハイクとはだいぶ違うようです。上野市は、2008年の市町村合併で「伊賀市」になったのですが、駅名はそのままで駅舎には「忍者市駅」と大きく書いてありました。駅前には、芭蕉の銅像も建っていました。
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住宅街を西へ向かうと、仇討で知られる「鍵屋の辻」に出ました。
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道を隔てた向かいに「ひだりなら道」「みぎいせみち」と書かれた古い道標が立っていました。側面に「文政十三年(1830)再建」とあり、江戸時代のもののようです。
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車が多くて歩道のない道の端を注意しながら西へ歩いて行き、木津川を渡ります。
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国道163号線に出てすぐの所に「お紋地蔵」がありました。
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そのすぐ隣に、安政二年(1773)の銘がある「奉供養大峰山三十三度」の碑が建てられていました。
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国道と分かれて大和街道に入ります。林の中の歩きやすい道です。紅葉には少し早いようです。三本松池という静かな池があり、この池の畔のベンチで昼食を摂りました。この頃から少し日が差してきて暑くなってきました。
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しばらく林の中を歩いて行きます。
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「大和街道」の道標がありました。
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与右衛門坂という急坂に差し掛かります。昔、芭蕉がこの坂で尻もちをついたので「芭蕉の尻もち坂」と言われるようになったそうです。芭蕉の時代はどうだったかは分かりませんが、細かい砂利が敷き詰めたようになっていて、確かに滑りやすい道です。特にわらじでは滑るでしょう。
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広い道に出て、北へ島ヶ原温泉に向かいます。木津川を渡るとすぐ温泉です。
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やぶっちゃの湯に着きました。ここは、初めてですがレストランの他、家族向けの色々遊ぶところもあるようです。
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しばらくお湯につかってのんびりしてから、島ケ原駅まで約2Km歩いてJR島ケ原駅から1時間に1本の列車(電車ではありません)に乗って帰宅の途に就きました。
所要時間5時間16分、歩行時間4時間12分、歩行距離16.4Kmでした。伊賀市駅から島ヶ原駅まで、JRハイキングでは約10Kmとなっていましたが、配布された地図では11.7Kmになっていました。天気もまずまずで、初めて歩くところでしたが芭蕉の歩いた道を歩き、温泉にも入って、なかなか良いコースでした。大手私鉄のように大勢の人で混雑していないのも良かったです。ただ、紅葉にはまだ早かったのは残念です。どこも今年は紅葉が少し遅いようです。



電鉄ウォーキング | 11:39:00 | コメント(0)
お茶の香が漂う日本遺産の茶畑を訪ねて

10月20日(日)曇


近鉄大久保駅→平井神社→木津川土手→浜台の浜茶(茶畑)→水主神社→富野荘駅(10Km)(→JR城陽駅)(14Km)

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近鉄ハイキングに参加して、日本遺産第1号「日本茶800年の歴史散歩」に追加認定された、浜台の茶畑を見に行きました。大久保駅9時30分~10時30分の受付で、駅に着いたのが10時15分頃だったので、参加者もまばらで地図を受け取って、10時18分にスタートしました。
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しばらく府道を南へ歩いて行きます。
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府道を外れて西へ少し行ったところにある平井神社です。
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1645年に建てられた一間社流造の本殿です。
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木津川の土手に出た所に「石田神社遥拝所」の石碑がありました。後から気がついたのですが、ここから北へ少し行くと流れ橋があるはずです。案内がなかったので、そのままコース通りに南へ行ってしまいましたが、今年10月の台風で流されたそうで、どうなっているのか見たかったのですが残念です。
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土手道を南へ進んでいきます。
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河川敷に広がる茶畑です。ここでは、抹茶の原料となる碾茶を生産しています。そのため、茶畑全体を覆う日よけが設けられていて、その支柱のため刈り取りは恐らく手作業ではないかと思います。見慣れた和束や加茂の茶畑とはだいぶ景観が違います。
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名神と京奈和自動車道の下をくぐっていきます。
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その近くにある水主(みずし)神社です。この神社は平安時代の創建で、古くより雨乞の神として知られているそうです。
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寛政10年(1798)に再建された、一間社流造の本殿です。
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住宅街を通っていくと、ゴールの富野荘駅に着きました。
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JRで帰るので、城陽駅まで歩いて行きました。城陽はいちじくの産地で、途中にいちじく畑がありました。
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約3.5Km歩いて城陽駅に到着です。
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所要時間3時間28分、歩行時間3時間10分、歩行距離13.8Kmでした。
このあたりは、今まで歩いたことがありませんが、茶畑以外には見どころも余りないコースでした。近鉄ハイキングの地図は、以前の大変わかりにくいものからだいぶ改良されて、交差点などの写真も載せられていて、余り道に迷うこともなくなりました。




電鉄ウォーキング | 22:07:01 | コメント(0)
五私鉄リレーウォーク 天王寺公園「てんしば」から中之島リバーサイドを歩く

9月15日(日)晴


天王寺公園てんしば→安居神社→天神坂→清水坂→愛染坂→愛染堂→口縄坂→源聖寺坂→生國魂神社→真言坂→高津宮→熊野街道→難波宮跡→大阪城公園→中之島公園→中之島フェスティバルタワー→下福島公園(13Km)

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リレーウォーク20周年記念とかで、今年は6回開催され、今回は朝日新聞の主催です。例によって、いつもの仲間5人で参加しました。9時30分のスタートのところ、9時頃にてんしばに着きましたが、既に大勢の人が並んでいました。朝から雲一つない快晴で最高気温35℃の予報の中、9時29分に5人揃ってスタートしました。
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大阪市立美術館前を通って、北へと向かいます。
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通天閣が青空に映えています。
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安居神社への階段を登っていきます。すごい人の波です。
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この神社はかなり古いようですが、真田幸村終焉の地として広く知られています。境内には、幸村の像や戦死跡の碑などが立てられています。
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ここから、天王寺七坂の内6坂を登ったり下りたりしていきます。七坂の一つ逢坂は、国道25号線でこれだけはパスしています。まず、天神坂を登っていきます。
1909-09-五私鉄-IMG_2557天神坂mix1909-10-五私鉄-IMG_2559

続いて、清水坂の石段を下っていきます。
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そのすぐ先の愛染坂を登ります。
1909-12-五私鉄-IMG_2563愛染坂mix
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坂の上に愛染堂勝鬘院があります。このお寺は、飛鳥時代に社会福祉施設・施薬院として、聖徳太子によって建立されたのがその始まりだそうです。現在は、縁結び・良縁成就・商売繁盛にご利益あついお寺として親しまれています。
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口縄坂を下り、続いて源聖寺坂の石畳の道を登っていきます。
1909-17-五私鉄-IMG_2572口縄坂mix1909-18-五私鉄-IMG_2574源聖時坂mix1909-19-五私鉄-IMG_2576

生國魂(いくくにたま)神社に着きました。この神社は、大阪の代表的な古社の一つで、大阪城のところにあったものを、秀吉の築城の際に現在地に移築されたそうです。現在の建物は戦後再建されたものです。
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最後の真言坂を下ります。
1909-22-五私鉄-IMG_2582真言坂mix

高津宮に南端の相合坂から入っていきました。
1909-23-五私鉄-IMG_25841909-24-五私鉄-IMG_2583説明

この神社は、難波高津宮に遷都した第16代天皇である仁徳天皇を主祭神とする古社です。
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拝殿の先に「縁切り坂」といわれる西坂があります。相合坂から入ってきて、縁切り坂から出るとどうなるのでしょうね?
1909-26-五私鉄-IMG_25901909-27-五私鉄-IMG_2589説明

高津宮北の入口です。ここから出ました。
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ここから北に向かい、旧熊野街道を歩いて行きます。
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大阪歴史博物館前に、難波宮跡の碑がたっています。
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この辺り一帯に5世紀ころから沢山の建物が建てられていたそうで、再現された大型高床式建物がありました。
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大阪城は、そのすぐ先です。大変美しい景観の南外堀です。
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大手門から場内に入ります。
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天守閣前の「Miraiza」前で、今時珍しいちんどん屋が演奏していました。この建物は、昭和天皇の即位を記念して、昭和6年(1931年)市民の寄付により第四師団司令部庁舎として建設され、戦後は大阪府警本部、後に大阪市立博物館として使用されていたものです。現在は、レストランや様々なショップになっているようです。
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大阪城公園の天守閣横の木陰の階段で、少し早い目の昼食を摂りました。
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しばらく休憩後、大阪城を出て川崎橋を渡ります。
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中之島公園を西へと歩いていきます。バラ園は殆ど咲いていません。
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国の重要文化財に指定されている、大阪市中央公会堂前を通ります。1918年に竣工した美しい建物です。
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渡辺橋のところにある、中之島フェスティバルタワー・ウエスト4階の香雪美術館の茶室を見に行きました。9月中は休館のようで閉まっていましたが、茶室はガラス越しに外から見られます。重要文化財の旧村山家に建つ[玄庵」を原寸大で正確に再現したものです。外は大変暑かったので、美術館前のベンチでしばらく涼んでいました。
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ゴールの下福島公園は堂島大橋を渡るとすぐです。13時38分に着きました。所要時間4時間10分、歩行時間3時間1分、歩行距離13.3Kmでした。
今日の参加者は3184名ということでした。いつものことながら、五私鉄は多いです。これだけの人数だと、どこまで行っても人の列が途絶えることなく続いていて、一般の方には迷惑だったことと思います。一日中快晴で、気温も35℃位になりましたが、風があってまだ凌ぎやすかったです。 次回は、しまなみ海道とかぶるので参加できません。



電鉄ウォーキング | 20:30:00 | コメント(2)
五私鉄リレーウオーク 第1回 紀淡海峡の風景 みさき公園から加太へ

4月21日(日)晴


南海・みさき公園駅→深日港→産土神社→道の駅とっとパーク小島→大川港→大川トンネル→休暇村紀州加太→加太おさかな創庫→淡嶋神社→加太駅(17Km)

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今日は、まほろば2日目の予定でしたが、いつもの仲間4人が五私鉄ウォークに行くというので、私も加わって、久しぶりに5人揃ってのウォークになりました。大阪と和歌山の府県境の海沿いを歩くコースで、このあたりに行くのは初めてです。今日も良い天気で、暑いくらいの日差しになりました。9時過ぎにみさき公園駅に着いて、駅のすぐ前のみさき公園に向かいます。
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受付開始前の9時20分頃でしたが、既に長蛇の列が出来ていました。
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地図を受け取って、9時35分頃に5人揃ってスタートし、少し歩くと海岸に出ました。深日港を通り過ぎていきます。
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関電の多奈川第二発電所前を通ります。かなり大きな発電所です。
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その少し先にある、産土神社に立ち寄りました。
1904-06-五私鉄-IMG_1346 1904-07-五私鉄-IMG_1347 1904-08-五私鉄-IMG_1345説明 
産土神社に隣接して興禅寺があります。平安時代初期に建立されたという天台宗の寺院で、産土神社はその鎮守社だったそうです。
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道路脇に、ストロベリーキャンドルが群生していました。日本の野草ではないので、誰かが植えたのが広がったのでしょうか。
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道の駅とっとパークが見えてきました。長い釣り桟橋があり、大勢の人が釣りをしています。桟橋手前のベンチで昼食を摂りました。
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海沿いに歩いて行き、大阪と和歌山の府県境を越えた所にある大川港です。このあたりの入江には漁港が沢山あるようです。
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全長1005mという、長い大川トンネルに入ります。 歩道が狭く車がビュンビュン通るので歩きにくいです。
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やっとトンネルを抜けました。通り抜けるのに11分かかりました。
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新緑の美しい道です。
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休暇村紀州加太を眺めながら通り過ぎていきます。
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城ヶ崎への入口です。岬は良い釣り場だそうです。
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静かな海を眺めながら、しばらく海岸沿いの道を歩いていきます。
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ゴールの加太港が見えてきました。
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加太港に着きました。
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港の西端にゴール受付のテントがありました。13時36分到着です。今日の参加者は、2600名ほどだったようです。梅酒の試飲があり、多種の梅酒が並んでいて、美味しいので順に色々試飲しました。
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そのすぐ近くにある淡嶋神社に立ち寄りました。参道には屋台が多数並んでいて、賑わっていました。
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この神社には、紀州徳川家から奉納された雛人形などが残されていて、人形供養で有名らしいです。本殿内には、多数の雛人形が並べられていました。
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境内の八重桜が満開になっていました。
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ここから加太駅まで歩いていきます。途中に、文化庁の有形文化財に登録されている明治末期の建物がありました。加太警察署として使われていたものです。
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加太駅は単線の南海・加太線の終点で、電車は2両編成で30分毎にしか無く、大勢の人が並んでいて、着いた14時台には臨時便もないので、外で次の電車まで30分以上待たされる羽目に。この電車で次々とやってくる2600人もの人を運ぶのはちょっと無理な感じです。
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やっと電車が入ってきました。
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この線の電車は「めでたい電車」として、外装も内装も魚のイメージで飾られていました。隣のホームに次発の電車が止まっていてたので、友人のTさんが行って写真を撮ってきてくれました。
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所要時間4時間52分、歩行時間3時間18分、歩行距離16.9Kmでした。
天気も良く、初めてのところを海を眺めながら歩くのは気持ち良いです。かなり遠方にもかかわらず、やはり五私鉄の参加者は多いです。



電鉄ウォーキング | 14:18:00 | コメント(2)
TRYあんぐるウォーク 春風と桜の開花を楽しみに 阪神沿線散歩

4月7日(日)晴


大物公園→宮前公園→左門橋→千船大橋→大野川緑陰道路→伝法大橋→伝法公園→澪標住吉神社→大阪市中央卸売市場→松島公園→阪神・ドーム前駅(12Km)

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南海・近鉄・阪神の3電鉄が順に主催するウォークの今年第1回で、阪神・大物駅から大阪ドームへ向かいます。友人と二人で参加して、このところの陽気で一斉に満開になった桜を眺めながら、初めて訪れる地域をのんびり歩きました。
阪神・大物駅からスタートの大物公園へ向かいます。9時30分からの受付ですが、9時10分に着いたら既に長い列が出来ていました。友人と合流して、9時39分にスタートしました。
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公園には、D51が展示してありました。
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少し歩いたところの公園の桜も満開でした。
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桜並木の下を歩いていきます。
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千船大橋を渡って少し行くと、大野川緑陰道路に出ます。自転車道と歩道に分けられていて、歩きやすい道です。桜並木が満開でした。
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しばらく阪神高速道に沿って歩きます。
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伝法大橋を渡ります。並行している鉄橋を阪神なんば線の電車が走っていました。
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橋を渡ったところの伝法公園の桜も満開です。
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そのすぐ先に、澪標住吉神社がありました。大阪市の市章にもなっている澪標(みおつくし)がこの神社の近くの浜に立っていたことから、名付けられたそうです。
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拝殿です。
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大阪市中央卸売市場の横を通っていきます。延床面積32万平方メートルという、日本最大級の市場です。
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卸売市場の裏を流れる土佐堀川に架かる端建蔵橋(はたてくらばし)を渡ります。江戸時代の中之島に各藩の蔵屋敷が建ち並んでいて、中之島の西端にも蔵が建てられていたことからこの地名が付けられたそうです。
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橋から見た下流側です。正面に卸売市場が見えます。
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交差点に白い花の桜(大島桜?)がきれいに咲いていました。
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そのすぐ先のドーム前駅のゴールに12時32分到着しました。今日の参加者は1520名で、やはり電鉄ウォークは多いです。 
所要時間2時間53分、歩行時間2時間38分、歩行距離12.6Kmでした。

隣接するイオンモールで昼食を摂ったあと、大阪ドームを見に行きました。オリックス - 楽天の試合中でした。
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今日は晴天で暑いくらいの陽気の中、満開の桜を楽しみながら歩きました。




電鉄ウォーキング | 22:22:34 | コメント(2)
春風に誘われて!八尾はるまち散策めぐり

3月20日(水)晴


近鉄・河内山本駅→玉串川→長瀬川→顕証寺→八尾市まちなみセンター→八尾浜と久宝寺船着場→常光寺→近鉄八尾駅(→許麻神社→JR久宝寺駅)(11Km)

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先週末とは打って変わって、急に春めいてポカポカ陽気の一日、近鉄ハイクで八尾の町を歩いてきました。
河内山本駅に10時過ぎに着き、地図をもらってスタートしました。9時30分からの受付だったので、参加者のピークは過ぎて混雑もなく、自分のペースで歩けました。
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まず、玉串川に沿って南へ歩いていきます。川沿いには、約5Kmに渡って両岸に桜が植えられていて、もう少しすると桜のトンネルになるようです。
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曙橋で右折して西へ向かい、長瀬川沿いに北東へ進みます。長瀬川は、元は大和川の本流で200mの川幅のある大きな川で、人と物資の輸送で賑わっていたそうですが、1704年大和川の付替えで、今のような水路になったとのことです。川沿いには遊歩道が整備され、桜並木の下には様々な花が植えられています。
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長瀬川を離れて、八尾警察署、八尾高校前を通り、久宝寺寺内町へ向かいます。
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寺内町の中心に久宝寺御坊・顕証寺があります。山門と築地塀です。
1903-06-八尾-IMG_0691 1903-11a-八尾-IMG_0695説明 
門を入ると右手に親鸞聖人、左手に1470年に顕証寺を創建した蓮如上人の像が立っています。
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本堂とそれに続く渡廊と長屋です。
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顕証寺の横に、八尾市まちなみセンター・寺内町ふれあい館がありました。
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ここで折り返して東へ向かうと、長瀬川の橋の袂に八尾浜と久宝寺船着場跡があります。
1903-12-八尾-IMG_0700 1903-13-八尾-IMG_0699説明 
商店街の真ん中に常光寺があります。このお寺は、行基の創建と伝えられている古刹で、南禅寺塔頭・金地院の末寺で通称「八尾地蔵尊」として知られています。山門と本堂です。
1903-14-八尾-IMG_0703 1903-15-八尾-IMG_0705 1903-16-八尾-IMG_0704説明 
本堂前には、ネパールから贈られた摩尼車がありました。
1903-17-八尾-IMG_0706 1903-18-八尾-IMG_0707説明 
また、常光寺で伝えられている「流し節正調河内音頭」は河内音頭の原型とされていて、「河内最古の音頭発祥の地」という石碑が山門横にあります。
1903-19-八尾-IMG_0709 1903-20-八尾-IMG_0710説明 
商店街を少し行くと「河内音頭記念館」というのがありました。
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ゴールの近鉄八尾駅に12時6分到着です。ここまでの距離約9Kmでした。
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駅近くで食事を済ませて、JR久宝寺駅まで歩きました。顕証寺まではほぼ同じ道を戻ります。その少し先に、許麻神社があります。延喜式神名帳に記載されている古い神社です。
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境内の手洗舎は、久宝寺観音院の鐘楼を移築したものだそうです。
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久宝寺駅はそのすぐ先で、13時12分に着きました。所要時間3時間8分、歩行時間2時間5分、歩行距離10.6Kmでした。八尾市街を歩くのは初めてですが、寺内町までは特に見どころはなく、川沿いの遊歩道をのんびり歩いていました。寺内町には、史跡なども多数点在していて、もう少しゆっくり見て回っても良かったかなと、後から思いました。




電鉄ウォーキング | 10:54:33 | コメント(0)
万葉の古道 魅力ある史跡をめぐる 山の辺の道

1月27日(日)曇


近鉄奈良駅→興福寺→新薬師寺→宅春日神社→白毫寺→八阪神社→白山比咩神社→崇道天皇陵→円照寺→山村町バス停(ゴール;10Km)(→帯解寺→ならまち→JR奈良駅;16Km)

1901-00a-山の辺の道-軌跡 1901-00b-山の辺の道-高度

朝、起きると庭に薄っすらと雪が積もっていて、寒い日でしたが、近鉄フリーハイキングに参加して、北・山の辺の道を歩いてきました。天理から桜井への南・山の辺の道はよく歩くのですが、北はあまり歩く機会がなく、久しぶりです。以前は無かった真新しい道標が、ほぼすべての分岐点に設置されていて、迷うこと無く歩きやすくなっていました。
スタート地点の近鉄奈良駅に、受付開始15分後の9時45分頃着いたので、並ばずに地図を受け取り9時50分にスタートしました。駅前広場の行基像です。
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まず、興福寺に向かいます。再建されたばかりの真新しい中金堂です。
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鷺池に浮かぶ浮見堂です。
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志賀直哉旧居の前を通過します。
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新薬師寺前に、山の辺の道の道標と変わったお地蔵さん(?)が並んでいました。
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新薬師寺前を通過します。ここは何度も通っていますが、中に入ったことがありません。
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新薬師寺の少し先にある、宅春日(やけかすが)神社です。
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白毫寺参道の階段です。門の前まで行ったのですが、本堂は工事中で拝観料も要るので、門の所で引き返しました。このお寺の創建はかなり古く、閻魔大王を祀っています。
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このような道標が至る所に立てられていて、地図を見なくても歩けます。
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八阪神社です。本殿の他に摂社が5社鎮座しています。
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荒れた竹林の中の道を行きます。
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少しずつ登ってきて、見晴らしが良い所に出ると、奈良市街とその先に生駒山が一望できます。
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白山比咩神社です。全国に点在する「白山神社」と同様、石川県の白山神社の白山権現の信仰によるものと言うことです。
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大きな溜池の辺りにある、崇道天皇陵です。
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放置された梅林の中の道を行きます。
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石仏とかなり古そうな墓石が立ち並んでいました。
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円照寺の門と参道です。山の辺の道は、右手の石段を登っていきます。
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円照寺は、臨済宗妙心寺派の尼寺で、斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と共に大和三門跡と呼ばれる門跡寺院です。華道の「山村御流」の家元でもあり、山村御殿(山村御所)とも呼ばれています。内部は非公開で、山門とその左手奥にあるトイレのところまでしか入れません。山門とそこから覗いた美しい庭と建物です。
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その少し先の山村町バス停がゴールで、奈良までバスで帰ることになっていますが、10Kmほどしか歩いていないので、そのまま西へ、帯解寺の方へ向かい、帯解寺の前の道を北へ、「ならまち」まで歩いていきました。
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ならまちは、何度も歩いていて写真も色々撮っているので、今回は、国の重要文化財に指定されている「藤岡家住宅」だけ撮りました。この家は、築200年を超える奈良市でも最も古い町家の一つで、今も住宅として使われていて、内部は非公開です。
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この後は、三条通に出て、JR奈良駅まで歩きました。所要時間4時間23分、歩行時間3時間28分、歩行距離15.8Kmでした。今日は風もあり、気温も5度程度と低く、そのためか近鉄ハイクにしては参加者はそれほど多くなかったようです。景色も良く、変化に飛んでいて気持ちよく歩ける道ですが、やはりもう少し暖かくなってから歩くほうが良いコースだと思いました。




電鉄ウォーキング | 06:12:22 | コメント(0)
田原本線開業100周年記念ハイキング 田原本線の歴史を訪ねて
12月2日(日)晴

新王寺駅→大輪田駅→佐味田川駅→池部駅→箸尾駅→但馬駅→黒田駅→孝霊神社→西田原本駅(14Km)

GPSの軌跡ですが、機器のスイッチを入れ忘れていて、王子駅から約3キロの地点から始まっています。
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天気も良いので、奈良の田園地帯をのんびり歩くつもりで、友人と近鉄フリーハイキングに出かけました。近鉄田原本線は、1918年に大和鉄道として新王寺ー田原本間が開通し、太平洋戦争中に一時休止後、昭和23年に電化して再開、昭和36年に近鉄と合併し現在に至っています。今日のコースは、王寺から田原本線にほぼ沿って田原本駅まで歩いていきます。途中、各駅を訪れる他に特に見どころはありませんが、景色を眺めながらのんびり歩くにはちょうと良いコースでした。
9時過ぎに王子駅に着き、並んで地図をもらって9時25分頃スタートしました。
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しばらく田原本線に沿って歩きます。
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雪丸の看板のところで、田原本線の下をくぐっていきます。
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まず、大輪田駅前を通ります。
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しばらく住宅街を歩いていきます。GPSの軌跡は、このあたりから始まっています。
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佐味田川駅です。ここは何度か通ったことがあります。
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池部駅近くの線路沿いの紅葉です。ちょうと今が見頃になっています。
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池部駅に電車が入ってきました。
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池部駅正面です。
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池部駅隣の河合町役場の立派な門です。
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ここは、大和鉄道の建設を行った実業家の邸宅だった所で、河合町に譲渡され町役場として使われてきたました。現在は、敷地内に役場の本館が立てられています。庭園の一部は残されていて、紅葉がきれいでした。
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道路脇に、直木三十五を顕彰する文学碑が建っていました。何故ここにあるかという説明が裏にかかれていました。直木三十五の父がこの地の出身だったそうです。
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高田川を渡ります。上流側の風景です。
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箸尾駅に着きました。
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すすきがきれいです。
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葛城川を渡ります。
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田園地帯を歩いていきます。田原本線の電車が走っていました。
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但馬駅です。
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飛鳥川の船つき橋を渡ります。このあたりの飛鳥川はあまりきれいではありません。
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線路脇を歩いていきます。
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黒田駅です。
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そのすぐ先にある、孝霊神社です。ここの境内で、昼食休憩しました。
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ゴールの西田原本駅に着きました。
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友人とおしゃべりをしながら、のんびり歩いたので4時間20分程かかっています。天気の良い日に、のどかな田園風景を眺めながらのんびり歩くのも、また良いものです。近鉄のフリーハイキングは、久しぶりですが、矢貼や案内の人はいなくて、地図だけを頼りに歩くのですが、肝心の地図は以前よりはだいぶわかりやすくなってはいますが、目印になるものが「カーブミラー」とか「郵便ポスト」とか、どこにでもあるものしか書かれていないので、道に迷いやすいです。具体的な店の名前などは出さないことにしているようですが、目につくのは店の看板などなので、名前を書いてあっても良いと思うのですが。今回も、やはり道に迷ってウロウロしている人を見かけました。




電鉄ウォーキング | 11:37:00 | コメント(0)
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