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Old Walker

Author:Old Walker
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琵琶湖一周健康ウォーキング 第11回 近江高島駅~志賀駅

12月9日(日)曇時々小雨


近江高島駅→大溝城跡→乙女ヶ池→鵜川四十八体石仏群→白鬚神社→北小松駅→小松浜水泳場→近江舞子内湖→比良駅→志賀駅(17Km)

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滋賀県ウォーキング協会の通称「ビワイチ」に友人3人と久しぶりに参加しました。今日はこの冬一番の冷え込みで、朝、家を出る時は外気温2℃で、晴れていたのですが、北の方は一日中雨の予報で、今日歩くところはその境目あたりで、小雨が降ったり止んだりの寒い一日でした。
ビワイチは、4つの班に分かれてスタートします。Sは7Km/h、Aは6-6.5Km/h、Bは5-5.5Km/h、Cは4-4.5Km/hの速度で歩きます。いつもはS班で歩いている仲間の若い2人も、今日は我々と一緒にB班に入り、寒い中を4人で楽しく歩きました。
10時少し前に近江高島駅に着いた時には、既に小雨が降っていて、皆さん高架下に集まっていました。
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S班から順にスタートし、B班は10時29分のスタートでした。駅前のガリバー像の横を通っていきます。
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高島市民病院の裏を回って行くと、大溝城跡があります。この城は、織田信澄(信長の甥)が、天正6年(1578)に築城したもので、琵琶湖から細い水路で通じた小さな内湖(乙女ヶ池)と川と堀を要害とした水城だったようです。現在は、天守台の石垣が残っているだけです。
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そのすぐ先にある、小雨に煙る乙女ヶ池を渡っていきます。
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さらに南へ向かうと、鵜川四十八体石仏群があります。この石仏は、天文22年(1553年)近江半国の守護職、佐々木六角義賢が亡き母の菩薩を弔うために阿弥陀の四十八願に因んで建立したと伝えられていますが、異説もあるようです。
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湖岸道路へ降りてくると、「西近江路」の道標が立っていました。
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湖岸道路をしばらく行くと、白鬚神社が湖岸に建っています。この神社は、近江最古の大社で、社記によると垂仁天皇の25年(2000余年前)、皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が社殿を創建されたということで、全国に約300の分霊社が祀られているそうです。湖に浮かぶ鳥居です。
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拝殿の正面と側面で、拝殿と本殿(左)が一つの建物につながっています。
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小雨の中を、湖岸道路を南へと歩いていきます。気温も低く、寒いです。
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近くの山の紅葉がきれいでした。
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北小松駅で昼食を摂りました。しばらく雨はやんでいましたが、また降り出しました。
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人気のない静かな小浜浜水泳場を通っていきます。
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山の上の方は雲がかかっていて、雪が降っているようです。
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近江舞子中浜水泳場を通ります。
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近江舞子の内湖です。この内湖は、寛文2年(1662)に湖西を襲った大地震により、湖岸線が水没して形成されたものです。また、この雄松崎一帯は近江舞子水泳場で、琵琶湖八景のひとつ「雄松崎の白汀」として有名で、日本の白砂青松百選にも選ばれています。
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比良駅前を通過します。
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湖西線に沿って歩いていきます。
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ゴールの志賀駅に14時44分着きました。この頃には、雨も止んでいました。
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所要時間4時間15分、歩行時間3時間19分、歩行距離16.9Kmでした。小雨が降り続き、時にはみぞれ混じりの寒い日でしたが、4人でおしゃべりをしながら楽しく歩きました。こういう日は、一人だとちょっとつらいですね。団体歩行ですが、速度別に分けているので、途中の待ち時間はそれほど長くなくて良いのですが、4班にも分けると、スタッフの方は大変だろうと思います。ご苦労様でした。




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琵琶湖一周 | 21:43:03 | コメント(3)
田原本線開業100周年記念ハイキング 田原本線の歴史を訪ねて
12月2日(日)晴

新王寺駅→大輪田駅→佐味田川駅→池部駅→箸尾駅→但馬駅→黒田駅→孝霊神社→西田原本駅(14Km)

GPSの軌跡ですが、機器のスイッチを入れ忘れていて、王子駅から約3キロの地点から始まっています。
1812-00-近鉄田原本線-軌跡 
天気も良いので、奈良の田園地帯をのんびり歩くつもりで、友人と近鉄フリーハイキングに出かけました。近鉄田原本線は、1918年に大和鉄道として新王寺ー田原本間が開通し、太平洋戦争中に一時休止後、昭和23年に電化して再開、昭和36年に近鉄と合併し現在に至っています。今日のコースは、王寺から田原本線にほぼ沿って田原本駅まで歩いていきます。途中、各駅を訪れる他に特に見どころはありませんが、景色を眺めながらのんびり歩くにはちょうと良いコースでした。
9時過ぎに王子駅に着き、並んで地図をもらって9時25分頃スタートしました。
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しばらく田原本線に沿って歩きます。
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雪丸の看板のところで、田原本線の下をくぐっていきます。
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まず、大輪田駅前を通ります。
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しばらく住宅街を歩いていきます。GPSの軌跡は、このあたりから始まっています。
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佐味田川駅です。ここは何度か通ったことがあります。
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池部駅近くの線路沿いの紅葉です。ちょうと今が見頃になっています。
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池部駅に電車が入ってきました。
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池部駅正面です。
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池部駅隣の河合町役場の立派な門です。
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ここは、大和鉄道の建設を行った実業家の邸宅だった所で、河合町に譲渡され町役場として使われてきたました。現在は、敷地内に役場の本館が立てられています。庭園の一部は残されていて、紅葉がきれいでした。
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道路脇に、直木三十五を顕彰する文学碑が建っていました。何故ここにあるかという説明が裏にかかれていました。直木三十五の父がこの地の出身だったそうです。
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高田川を渡ります。上流側の風景です。
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箸尾駅に着きました。
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すすきがきれいです。
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葛城川を渡ります。
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田園地帯を歩いていきます。田原本線の電車が走っていました。
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但馬駅です。
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飛鳥川の船つき橋を渡ります。このあたりの飛鳥川はあまりきれいではありません。
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線路脇を歩いていきます。
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黒田駅です。
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そのすぐ先にある、孝霊神社です。ここの境内で、昼食休憩しました。
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ゴールの西田原本駅に着きました。
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友人とおしゃべりをしながら、のんびり歩いたので4時間20分程かかっています。天気の良い日に、のどかな田園風景を眺めながらのんびり歩くのも、また良いものです。近鉄のフリーハイキングは、久しぶりですが、矢貼や案内の人はいなくて、地図だけを頼りに歩くのですが、肝心の地図は以前よりはだいぶわかりやすくなってはいますが、目印になるものが「カーブミラー」とか「郵便ポスト」とか、どこにでもあるものしか書かれていないので、道に迷いやすいです。具体的な店の名前などは出さないことにしているようですが、目につくのは店の看板などなので、名前を書いてあっても良いと思うのですが。今回も、やはり道に迷ってウロウロしている人を見かけました。




未分類 | 11:37:47 | コメント(0)
奈良赤レンガ FESTIVAL 旧奈良監獄

11月23日(金・祝)曇


旧奈良監獄の見学会に参加して、明治の名建築を見学してきました。
旧奈良監獄は、明治政府が監獄の国際標準化を目指して建築した五大監獄の一つで、1908年(明治41年)に完成したロマネスク様式の煉瓦造建築で、日本の煉瓦造建築物の中でも最も質の高いものの一つとされています。戦後は、少年刑務所として使用され、2016年に108年の歴史を閉じたものです。2017年には、国の重要文化財に指定され、1件あたりの建築面積は我が国最大の煉瓦造による文化財建造物となりました。
その保存と利用について、色々検討された結果、国が土地と建物を保有して建物を保存しつつ、民間によりホテルとして利用されることになり、日本初の「監獄ホテル」が誕生します。実際は、ホテルの大部分は、空き地に新築されるようで、独房の一部のみを改装して客室として使用することになるそうです。
今回は、改築前の最後の見学会で、23日から3日間のみ公開され、事前申込で時間指定のチケットが1000円で販売されました。この建物の前は何度か通ったことがありますが、中に入ったことはないので(当然ですが)早速申し込んで、23日13時のチケットを入手しました。場所は、JR奈良駅から北へ3Kmほどのところにあります。

奈良監獄の概要を示したパンフレットのコピーです。
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煉瓦造の美しい正門です。これだけ見ると、とても監獄とは思えませんが、それに続く高い塀がそれと示しています。
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13時過ぎに受付に着いたのですが、すごい人で長蛇の列が出来ていました。2時からの人達も別の列に並び始めていました。
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中に入って、門の内側です。
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所長室や事務所がある本館です。
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本館2階から見た独房棟です。窓には全て鉄格子が入っています。
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所長の礼装です。
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明治から大正時代に使われた、足かせと手錠が展示してありました。
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監獄の房舎は5棟あり、放射状に配置されています。中央の看守所から全ての房を見渡すことが出来ます。廻りは網状になっていて、下の階も見渡せるようになっています。看守所は常に人で一杯で入れませんでした。
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各房舎の廊下の中央も網状になっていて階下が見渡せます。
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独房の内部です。3畳ほどの広さです。
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頑丈な木製の戸には覗き窓が3ヶ所あり、頑丈な錠が着いています。
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1階からも、2階の廊下が見えます。
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3人用の雑居房も数は少ないですがありました。仕切られた内部はトイレです。
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別棟に拘置舎があります。未決囚が入れられる所です。内部は監獄と同じ作りです。
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中庭です。
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医務所前に美しい庭がありました。
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医務所です。渡り廊下の屋根の周りには鉄条網が張り巡らされていました。
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医務所内部です。ちょっとぶれていますが、房舎より明るい感じです。
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隔離病舎もありました。
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奉行所の牢舎が移築展示されていました。これは、ここで監獄としては使われていません。
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倉庫のようなところでは、クラフトビールフェスティバルが開かれて賑わっていました。
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外では、「ならマルシェ」として、奈良の人気店のテントが並んでいていい匂いが漂っていました。
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既に改修工事が始まりつつあり、竣工当時の姿を見学できる最後の機会に参加し、内部をくまなく見て回れて良かったです。今の刑務所がどのようになっているのか知りませんが、明治時代にこのような煉瓦造の美しい監獄が作られていたとは、少々驚きです。ただ、夏暑く、冬寒い奈良盆地の建物で、冷暖房全くなしに過ごすのは辛いことであっただろうと思います。また、「少年刑務所」というのは、ここで聞いたところでは、だいたい18歳以上、26歳までの受刑者が入るところで、未成年はほとんどいなかったそうです。そういえば、少年鑑別所というのがありますね。
どの様はホテルが出来るのか、楽しみです。ホテルができれば、保存されている建物も公開されるものと思います。



その他いろいろ | 21:33:07 | コメント(2)
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